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火の見やぐらと辻半鐘のツーショット [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、宮関地区の火の見やぐら。
20120430miyaseki1.JPG
以前は宮村といったそうですが、隣接の関場地区と一緒になって
いまでは宮関という名の地区名で語られているそうです。

火の見やぐらは県道66号線より脇道に入ってすぐの場所に立っています。
やぐらそのものは同地方では比較的スタンダードなデザインで、
踊り場はカンガルーポケットタイプでホース干し設備が付属しています。
20120430miyaseki2.JPG
20120430miyaseki3.JPG
8角形屋根&丸型見張り台のセットは毎度おなじみ状態ですが、
ここまで目にしてきた混成ブレース[上部が山形鋼で下部がリング式ターンバックル)
の構成とはなっておらず、ある意味新鮮な印象にもなったりします。

銘板は須坂市の下田鉄工所製作を記していますが、
建設年の部分はブランクになっていてよくわかりません。
20120430miyaseki4.JPG

坂道となっている道路向かいには消防屯所。
20120430miyaseki6.JPG

そしてその坂道を少し上った先には辻半鐘がありました。
20120430miyaseki7.JPG
20120430miyaseki9.JPG
20120430miyaseki8.JPG
昔の電柱に使われていたような木柱に吊るされた半鐘。
木槌もしっかりしたものが装備されているので、
いまでも何かの際には打鐘しているのでしょうね。

火の見やぐらと数十メートルほどしか離れていないため、
こんなツーショットも撮影できます。
20120430miyaseki10.JPG

そしてここから少し離れたところ、建物の軒先にもまた半鐘を発見。
20120430miyaseki12.JPG
20120430miyaseki13.JPG
神社に隣接している(境内?)建物は、ここ関場地区の公会堂とのことで、
道路に近い建物際に1基、そして玄関先には立派な半鐘が1基、
それぞれ吊るされていました。
20120430miyaseki14.JPG
20120430miyaseki11.JPG

なかなか見かけない貴重な様子ですが、
こうした辻半鐘が多いのも、高山村内の火の見やぐら数の多さが
関係しているのでしょうかね?
世の中に半鐘文化というものがあるのだとすれば、
高山村のその水準はけっこう高い地域だといえるかもしれません。
20120430miyaseki5.JPG

(取材日:2012年4月30日)



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高山村では意外と少ない?円型踊り場 [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、天神原の火の見やぐら。
20120430tenjinhara1.JPG
山田温泉へと向かう県道66号線沿いに立っています。
建物と消防団倉庫に挟まれた狭い隙間にひょこっと立っています。

例によって、8角形屋根&丸型見張り台といった高山村スタンダード。
20120430tenjinhara2.JPG
そして例によってブレースも山形鋼&リング式ターンバックルのセット。
20120430tenjinhara3.JPG
しかし踊り場が円形(丸型)というのは、高山村界隈では
比較的珍しいのではないでしょうか。
少なくとも3年前の取材時に付近ではこのほかにもう1基見かけただけでした。
踊り場の形状としては柱脚内部で納まっている四角型か、
U1教授命名のカンガルーポケット型が地域の主流のような印象です。

銘板は火の用心看板が被さってきていますが、ギリギリ文字は読み取れました。
20120430tenjinhara4.JPG
「山田村消防団
 天蕨分団
 昭和30年12月製作
 施工者 下田鉄工所」

ブレースの入れ方は地域の共通事項のような感じが無きにしも非ずですが、
脚部の納め方や上述の踊り場の形状などから鉄工所の個性が見えてきますね。

この写真は、同地区から少し下った先にある蕨温泉付近から撮影したもの。
20120430tenjinhara5.JPG
ここの温泉施設脇に立つ火の見やぐらは現在温泉広告塔へと転職(?)しており、
そのことはずいぶん以前に記事をエントリーしました。
今回の再訪でもまだ転職状態で現役でいることを確認したので、
別件ですがいちおう掲載しておきます。↓↓
20120430tenjinhara6.JPG

(取材日:2012年4月30日)



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対岸からも目立つ火の見やぐら [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、荻久保地区の火の見やぐら。
20120430ogikubo1.JPG
山田温泉などを抜ける松川の谷の右岸にある集落で、
対岸側の道路を走っていると木々の合間から
この背の高い火の見やぐらを望むことができます。
20120430ogikubo6.JPG

8角形屋根&丸型見張り台の高山村スタンダード(?)の組み合わせ。
20120430ogikubo4.JPG

そしてブレースはここもまた山形鋼&リング式ターンバックルの併用タイプ。
20120430ogikubo5.JPG

しかしながら鉄工所は山田温泉の田幸鉄工所ではない様子。
20120430ogikubo3.JPG
「山田村消防団
 荻久保分団
 施工 昭和31年4月
 江澤鉄工所・・・」

同じ須坂市の鉄工所のようですが、
これではこのブレース形状の特殊である理由を
同一鉄工所の個性と片付けることができなくなりました。
広く解釈すれば須高地域の特徴と括ってしまえばいいわけですが、
それではなんとなくしっくりしません。
はてさて、どうしたものか。。。
20120430ogikubo2.JPG

(取材日:2012年4月30日)



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鄙びた温泉街のシンボルタワー [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、山田温泉の火の見やぐら。
20120430yamadaspa1.JPG
温泉街自体は小規模ながらも風情ある様子が人気の山田温泉。
その中心スポットに立っている火の見やぐらは
まさに山里の温泉街のシンボルタワーであり、
防災の象徴的存在に感じられます。

制作はこの地方ではおなじみの鉄工所。
20120430yamadaspa4.JPG
「山田村消防団温泉分団
 竣工 昭和三十一年四月
 施工者 田幸鉄工所・・・」

温泉分団というのがいいですね。

足元にはやたら背丈のある消火栓が立っていました。
20120430yamadaspa5.JPG
これって雪国仕様ってことなのでしょうかね?

屋根=8角形の見張り台=丸型の、同地方でよく見かける組み合わせ。
20120430yamadaspa2.JPG

ブレースの組み合わせはやはり上半分が山形鋼、下半分がリング式ターンバックル。
20120430yamadaspa3.JPG
これまた同地方でよく見かけるタイプではあるのですが、
やはりこれは鉄工所のオリジナルと考えてしまってもいいのでしょうか。
地元のヤグラーさんには結論の出ている謎かもしれませんが、
自分で解答を得るにはもう少し材料を揃える必要がありそうです。
20120430yamadaspa6.JPG

(取材日:2012年4月30日)



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姿を消していた火の見やぐら [火の見櫓(上高井郡)]

3年前の取材した火の見やぐらで今年の再訪にて撤去済みを確認したうちの1基。

長野県上高井郡高山村、牧地区の火の見やぐら、、、でした。
20120430maki1.JPG
撤去されたのは2012年6月。
自分が取材したのは同年4月30日ですから、それからほぼ一ヵ月後。
まさにこの火の見やぐらの最後の雄姿だったわけですね。
たしか取材後にこのやぐらのブログ記事を書こうとしていた矢先に
ネットで同やぐらのことを調べていたときに撤去の話を知ったと記憶しています。
そのことがあって、同じ日に高山村周辺で調査取材した火の見やぐらたちの記事を
ブログにアップするのが躊躇われてしまったというわけで。

改めて撤去後の現地を再訪。
20120430maki2.JPG20120430maki3.JPG
やぐらの立っていた場所は背後の民家の塀が延長され、きれいに囲われていました。
きっともとから同家の敷地を借地として利用させてもらっていたのでしょうね。
同じ敷地の一角に立っていた道路標識も同じく撤去(移転)されていました。

高山村のなかでも同地区は標高の高い地域にあるうえ、
やぐらそのものもかなり高層なので、けっこう目立つ存在だったのですけどね。
20120430maki4.JPG
20120430maki5.JPG
20120430maki7.JPG

銘板によれば長野市の鉄工所の制作と分かりました。
20120430maki6.JPG
「昭和三十年竣工
 松澤工業株式会社製作
 長野市長門町一〇七九」

三十の文字が手直しされている風に見えますが、
算用数字を漢字に直したりとかしたのでしょうかね?
製作したその年を間違えたということもないとは思いますが。

いづれにしても、今はもう見ることのできない火の見やぐら。
集落のシンボルタワーも時代の流れには抗えない現実は寂しいことですね。
20120430maki8.JPG

(取材日:2012年4月30日/2015年5月4日)



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新しく生まれ変わった火の見やぐら [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、二ツ石地区の火の見やぐら。(すでに撤去済み)
20120430.futatsuishi1.JPG
先日、幾つか手前のエントリー記事に書いたコメントにて
高山村再訪で3年前に取材した火の見やぐらのうち撤去済みは
1基のみと書いたのですが、よく考えたら2基でした。

というのも、その撤去2基のうち1基は同じ場所に
新しい火の見やぐら(?)が再建されていまして、
それがこちら二ツ石地区のもの。

新旧火の見やぐらを同じ角度から眺めてみると、こんな感じ。
20120430.futatsuishi2.JPG20120430.futatsuishi3.JPG
古いほうはスリム型の多い同地方の中でもひと際スリムさが目立ってます(ました)。
脚部からウェスト部分まで直線的に絞込みがあり、
その後はかなり細身のままで見張り台まで到達しています。

屋根は6角形で尖端の蕨手が小さく巻き込まれているのが特徴。
見張り台は標準的な丸型で半鐘はつるりんちょタイプ。
20120430.futatsuishi6.JPG20120430.futatsuishi7.JPG
新しい火の見やぐらは、火の見やぐらというよりホース乾燥塔が正しく、
そのタワーの中間点に踊り場を設けて半鐘が設置されています。
20120430.futatsuishi8.JPG
デザインは正直なところ素っ気無いものになってしまいましたが、
それでも半鐘を残した地域(消防団)関係の方に
ただのホース干し塔だけにはしておきたくない思いもあったのかもしれません。

敷地に隣接する消防詰所も立派なものに建て替わりました。
20120430.futatsuishi4.JPG20120430.futatsuishi5.JPG
むしろこの老朽化した建物の再建のほうが計画として立ち上がり、
ついでにホース乾燥のタワーを電動式の便利なものにすることになって
その結果、旧態の火の見やぐらが撤去の憂き目にあったと解釈するのが
自然な成り行きかもしれませんね。事情を知らない勝手な憶測で恐縮ですが。。。

高山村もこのように撤去や建替えが進行しているようですが、
それでもまだまだ素敵な火の見やぐらが残されているほうだと思います。
しかしそれらもやがてはこの二ツ石地区の子と同じような運命を
辿ることになるのかもしれませんね。
ちなみにここの先代やぐらの撤去は2013年10月だった模様。
(↑ソース『探訪「火の見やぐら」』さんの紹介ページ掲載情報)

あ、それからこの火の見やぐら(ホース乾燥塔)のある場所から
県道112号に戻って出たところの道路脇にこういうものがありました。
20120430.futatsuishi9.JPG
計測しませんでしたが、地面から2mちょっとくらいの高さに
吊るされていたでしょうか。いちおう柱をよじ登るよう足掛けはついています。
20120430.futatsuishi10.JPG

半鐘の側面に打刻された謎の数字。
20120430.futatsuishi11.JPG
西暦とも違うみたいだし、製造番号でしょうか?
なんでしょうね?

ちなみに上のリンクにある『探訪「火の見やぐら」』さんは
こういうタイプのものを「辻半鐘」と呼んでいるようです。
櫓ではないですし、いい表現かなという気がします。

(取材日:2012年4月30日/2015年5月4日)



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民家チックな詰所前の火の見やぐら [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、荒井原地区の火の見やぐら。
20120430.araihara1.JPG
第二分団荒井原消防詰所の建物前に立っているのですが、
詰所というより普通の民家っぽい建物なので、
実際民家の庭先に立っているかのような雰囲気です。

デザインはすっきりした、やや高層タイプ。
20120430.araihara2.JPG
屋根は四角、見張り台は丸型。

踊り場は2段構成で、上段は張り出し型。
20120430.araihara3.JPG
20120430.araihara4.JPG
透明タペストリーのU1教授はこの張り出しを
「カンガルーポケット踊り場」と命名されたようですが、
まさにイメージピッタリですね(^^)

脚部は前面のみアーチですがちょっと短足気味で、
梯子の末端部はベースにまで到達していません。
20120430.araihara5.JPG
梯子が地面にくっ付いていないのはたまに見かけますが、それは子供などが
悪戯で昇降したりしないようわざとしているのかと思っていました。
が、ここの梯子の様子では背の低い子供でも簡単に梯子によじ登れるほどですから、
子供の悪戯防止を目的とした末端処理ではないのかなとも思えたり。
・・・よく分かりませんね。

また、このやぐらのブレースも
リング式ターンバックルと山形鋼の併用バージョンでした。
やぐら各部細部のデザインは前項のものとは異なる部分が多いため
鉄工所は異なると考えるのが妥当かもしれませんが、
仮にそうだとすれば異なる鉄工所でこの特殊なブレースの施工方法が
共通に採用されていることになるわけで、果たして本当にそうなのかどうなのか、
よく分からなくなってきました。
どこかに解答が転がってないですかね?

すぐ近所に道祖神が鎮座していたので、とりあえずツーショット写真をば。
20120430.araihara6.JPG

そして前エントリー記事と同じく、同村水中地区の高台から
この荒井原の火の見やぐらが見られたので。
20120430.araihara7.JPG20120430.araihara8.JPG
高山村は村全体が山麓山間部の傾斜地で構成されているので、
このように見晴らしのよい場所からは離れた集落の火の見やぐらが
よく見渡すことができます。
密集しているという感じではないものの、
半鐘を連携して鳴らせば十分警鐘が伝わったのではないでしょうか。

(取材日:2012年4月30日)
(遠望画像:2015年5月4日)



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福島正則屋敷跡に立つ火の見やぐら [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、堀ノ内地区の火の見やぐら。
2012.04.30.horinouchi1.JPG
須坂市街から高山村山田温泉方面へと通じる県道54号沿い、
城跡でもあったかと思ってしまうような石垣が突如現れ、
その上にズンと火の見やぐらが聳え立っています。
まるで砦の望楼のようですかね。

じつはここは福島正則屋敷跡。
2012.04.30.horinouchi4.JPG
言わずと知れた戦国末期の武将であり、
江戸初期には安芸備後50万石の大大名だった福島正則は
あれやこれやで将軍の逆鱗に触れ、現在の高山村を含む高井野藩に転封。
その正則の居館があったのがこの火の見やぐらの立つ場所とのこと。
現在は長野県史跡に指定されていて、敷地は高井寺というお寺になっていました。
2012.04.30.horinouchi2.JPG
2012.04.30.horinouchi3.JPG

で、火の見やぐらですが、
屋敷跡との所縁などはもちろんないと思いますが、
警鐘楼の設置場所としては頃合いの土地ではあったのでしょうね。

踊り場は1段のみ。
2012.04.30.horinouchi7.JPG

銘板がしっかり残っています。
2012.04.30.horinouchi6.JPG
高井村消防団
堀千分団
施工 昭和31年9月
増屋金物店 須坂市南横町 電64
田幸鉄工所 須坂市宗石町 電549

探訪「火の見やぐら」』さんにあった情報によると
堀千というのは隣接する堀ノ内と千本松の両地区の総称のようです。
増屋金物店というのはいまも健在の会社のようで、
田幸鉄工所とは後年合併したとのことだそうです。

トップのデザインは8角形屋根に丸型見張り台。
2012.04.30.horinouchi8.JPG
やはりこの組み合わせが多いです。

そしてこのやぐらもブレースが上下で異なるスタイルを採用していますね。
上半分が山形鋼、下半分がリング式ターンバックル。
2012.04.30.horinouchi9.JPG
前々エントリーの長野市若穂綿内町の火の見やぐらと同じです。
綿内のやぐらはその切り換わり部分で柱脚の継ぎ手があったので
その影響でもあるのかと思ったりもしましたが、
この堀ノ内の場合はそうした継ぎ手もないので、
継ぎ手切り換わり説は眉唾情報ということになってしまいました(汗)

綿内のやぐらも田幸鉄工所制作ということであれば
同じ鉄工所のスタンダードモデルということになるのですが、
綿内のほうは鉄工所名は不明なので、なんともいえないですね。

こういうブレースの形状が途中で変わるというのは珍しいと思うのですが、
ここ須高地域ではわりと普通に立っているのでしょうか。
果てさて、このあと紹介する火の見やぐらは・・・?
2012.04.30.horinouchi5.JPG

ところで同じ高山村の水中地区の火の見やぐらを取材した帰りがけ、
見下ろすとちょうどこの堀ノ内の火の見やぐらが目に飛び込んできました。
2012.04.30.horinouchi10.JPG2012.04.30.horinouchi11.JPG
肉眼だと実際はけっこう遠くて建物の合間に見える感じなのですが、
火の見ヤグラーの悲しい性でしょうか。
探しているわけでもないのに自然と目と脳が認識してしまうようです(^^;

(取材日:2012年4月30日)
(遠望画像:2015年5月4日)



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須坂の庚申堂脇に立つ火の見やぐら [火の見櫓(須坂市)]

須坂市日滝、本郷町の火の見やぐら。
2012.04.30.hitakihongou8.JPG
須坂市街から高山村方面へと向かう県道54号、万座道路の脇に立っています。

屋根は八角形、見張り台は丸型。
2012.04.30.hitakihongou1.JPG
この地方ではこの組み合わせが多いのか、そんな印象。
同じ鉄工所のスタンダードモデルということなのかもしれません。

3年前に訪れた際は傍らの庚申様のほうに気がとられていて、
気づくと火の見やぐらの写真がほとんどなくて(汗)。
2012.04.30.hitakihongou2.JPG
2012.04.30.hitakihongou3.JPG
2012.04.30.hitakihongou4.JPG2012.04.30.hitakihongou5.JPG
先日の再訪の折も撤去されていないことを確認したのみでNO撮影。

傍らに器具置場が建っていますが、看板文字は右からでした。
2012.04.30.hitakihongou6.JPG
2012.04.30.hitakihongou7.JPG

ということで、細かな部分を撮影したはありません。あしからず。

(取材日:2012年4月30日)
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スリムな足元の小屋(?)が気になる [火の見櫓(長野市)]

このところ狛犬ネタの蔵出し記事アップをしていますが、
今回は火の見やぐらの取材済み未掲載ネタをエントリー。

火の見やぐらは狛犬と違って取材後に撤去されてしまった事例もあり、
取材以降時間がたつとまだ残存しているのか確認できない遠方のものは
なんとなく記事にするのが躊躇われてしまっていたのですが、
先日たまたま3年前に取材をしたことがあった北信エリアの火の見やぐらを
久しぶりに再訪することができ、その大半の残存を確認することが出来ました。

というわけで、3年前に取材した当時の画像を利用しつつ、
しばらく記事をエントリーしたいと思います。

まずは、、、長野市若穂綿内町の火の見やぐら。
120430watauchi1.JPG
長野道須坂インターより国道403号を南下。
旧長野電鉄綿内駅近くの交差点脇の神社の境内傍らに立っています。

比較的細身のタイプ。
120430watauchi2.JPG
120430watauchi3.JPG
8角形の屋根に丸型の見張り台。
踊り場は変則的な三層構成のようです。

ユニークなのは2層目の踊り場レベルまで
ブレースにリング式ターンバックルが使用されているのに
それより上層では等辺山形鋼が用いられていること。
120430watauchi13.JPG
ちょうどその2層目の踊り場下部で柱脚の継ぎ手があるので
上層と下層の制作段階で別のブレース方式を採用したと推測できますが、
具体的にそうすることの理由ってなにかあったのでしょうか。

そしてそんなブレース以上に気になるのが
足元を跨いでいる倉庫のような構造物。
120430watauchi4.JPG
スリムなやぐらの内側にすっぽり収まるコンクリートブロックで作ったもの。
かつて付いていたらしい扉も今はなく、内部には消火栓とホースの設備のみ。
120430watauchi8.JPG120430watauchi9.JPG
しかし過去にはなにか違うものが設置、装備されていたのでしょう。
昔ながらの古い小型の消防ポンプなどでも収納されていたのでしょうかね?
120430watauchi5.JPG
120430watauchi6.JPG
120430watauchi7.JPG

銘板は寄贈者の名前と建設年が記されていますが、鉄工所名は不明。
120430watauchi10.JPG
寄贈 昭和32年9月24日 田尻木材株式会社

なぜか火の見やぐらの背後に転んでいた、昔の道標。
120430watauchi11.JPG
大正4年12月建立と記されています。

神社の境内の傍らに立っている火の見やぐら。
狛犬がいれば、おいしいツーショット画像も取れたのですが、
残念ながら同社には狛犬たちは不在でした。
120430watauchi12.JPG

(取材日:2012年4月30日)



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