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新湯田中温泉の火の見やぐら [火の見櫓(下高井郡)]

長野県下高井郡山ノ内町平穏、新湯田中温泉の火の見やぐら。
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湯田中駅前の道を西へと向かうと新湯田中温泉のエリア。
その入口にあたる辻に玉垣額之助碑と称される
地方巡業中に病に倒れてこの地で亡くなった
明治時代の力士を顕彰し弔う石碑があり、
その傍らに立つ消防倉庫の、その屋根上に火の見やぐらは建てられています。
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蕨手のついた八角形屋根に丸型見張り台、
そして四角形の踊り場も含めて相応の大きさをしたもの。
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その割には背丈があまりないので、ずんぐりむっくりな印象もあるのですが、
これが倉庫の屋根ではなく地面から鉄骨で建てられていたのなら
いいバランスのタワーになるのではないかなという感じもします。
半鐘は見張り台にありますが、踊り場には半鐘用の小屋根が残るのみ。

やぐら自体は塗装もさほど目立つ劣化はなく、
屋根もしっかりしている感じですが、
足元の倉庫のほうがどれほどの耐久性を保っているか微妙な感じ。
倉庫の老朽化を名目とした建て直しからのやぐら撤去という
流れが起こりそうで心配なところです。
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(取材日:2015年5月4日)



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星川温泉の火の見やぐら [火の見櫓(下高井郡)]

長野県下高井郡山ノ内町平穏、星川温泉に立つ火の見やぐら。
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同地の温泉街は渋湯田中温泉郷という総称がありますが、
この日取材するまで10くらいの温泉街が存在しているとは知らず、
単純に湯田中と渋のふたつだけかと思い込んで勘違いしていました。

そんなたくさんある温泉街のひとつ、星川温泉の街区に立つ火の見やぐらは
4脚柱のスタンダードなタワーですが、前エントリーの湯田中温泉街のものとは
各部のデザインがけっこう異なっています。

八角形屋根+丸型踊り場は湯田中と同様ですが
こちらの屋根の尖端には蕨手が在りません。
20150504hoshinoyu3.JPG

湯田中の大きく張り出した四角形踊り場に対し、
この星川温泉のものは柱内部で梯子の切り替え用に
用意されただけの最小面積のステップ。
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脚部は4面ともアーチ式で、昇降口は湯田中同様に
柱の一本に足掛けフックが装着されています。

全体的なフォルムは中間くらいの高さまで直線的に絞り込まれ、
そこから最上部までは垂直に伸びて立っている感じで。
悪くないですが、見てくれの印象としてはやはり曲線で
絞り込まれているほうがカッコいいですね。

銘板が付いていました。
20150504hoshinoyu2.JPG
「製造 施工
 株式会社 羽生田鉄工所
 HANIUDA IRON WORKS CO.LTD.
 本社工場 長野縣須坂町○○ 電話 ○○…
 東京支店 東京都日本橋茅場町○○ 電話 ○○…」

現在、長野市にある羽生田鉄工所が須坂にあった時代の建設のようです。
建設年代が判読できないのが残念。
「昭和 年」とあって年の数を記す欄があるプレートなのですが、
消えてしまったか、最初から刻まなかったか。

手前に立っている温泉場の木造灯篭といい感じですね。
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(取材日:2015年5月4日)




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湯田中温泉裏路地に立つ火の見やぐら [火の見櫓(下高井郡)]

長野県下高井郡山ノ内町平穏、湯田中温泉裏路地の一角に立つ火の見やぐら。
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老舗の温泉旅館が建ち並ぶ温泉街のメインストリートの中ほどから
一本北側の路地へ入った先に立っています。

デザインは4脚柱の整った立ち姿。
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蕨手の付いた八角形の屋根に丸型の見張り台。
半鐘が装備されていますが、途中の四角形踊り場にも別の半鐘が備わっています。

脚部の正面側はアーチで、アーチトップに銘板が装着されています。
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「湯田中分団
 昭和30年12月
 施工者 畔上鉄工所」

地面からひとつめの踊り場まで固定された梯子はなく、
側面に木製の梯子が立てかけてありましたが、
やぐらの脚部の一本に足掛けフックも装備されていました。

一段目のブレースはリング式ターンバックルを使用しているものの、
それより上部では山形鋼を用いて交叉部はプレートで固定してあります。

他のサイト情報や現時点(2015年8月現在)のグーグルマップによれば
もともと同じ敷地に消防団詰所があったようなのですが、
自分が取材に出向いた時には敷地にあった建物は解体されてなくなっていました。
詰所が解体されても火の見やぐらを一緒に取り壊すことはなかったようです。
まだいろいろ活用の道があると考えられているのかどうかは分かりませんが、
ひとまずそのまま残されているのは嬉しいことです。
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(取材日:2015年5月4日)



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湯田中渋温泉郷の片隅に立つ火の見やぐら [火の見櫓(下高井郡)]

長野県下高井郡山ノ内町平穏、弥勒集会所近くに立つ火の見やぐら。
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やぐらといっても電柱に使われるコンクリート柱に鋼製の梯子を取り付け、
頂部には半円形の見張り台が設置されています。
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まあ、かなり近年になってからの建設だったでしょうから、
見張り台というより半鐘を安全に叩くための足場という程度でしょうけれど。

脚部の梯子取り付き部には進入禁止のイエローテープを巻きつけ、
悪戯で上ろうとする者を抑止しています。
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消防団の人たちは今でも半鐘を使用しているのでしょうかね?

湯田中渋温泉郷は志賀高原の入口にある有名な温泉地。
このやぐらの立つ場所は中心街から少し離れていますが、
街区にはほかにも何基か火の見やぐらが立っていて、
木造家屋の密集する古い温泉街を見守り続けてきた様子を見ることが出来ました。
このあとのエントリーでその一部を紹介します。
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(取材日:2015年5月4日)



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動く鉄と動かぬ鉄 [火の見櫓(大町市)]

仕事で大町市の合同庁舎に用事があり、帰りがけに近所のコンビニに立ち寄ると
そのコンビニの駐車場から望む景色の彼方に一本の火の見やぐらの姿を発見。
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拡大↓。
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大町市内の火の見やぐらはかなりの数を認知しているつもりでしたが、
市街地の一角に立つこの子は洩れていました。

近付くと消防団詰所の片隅の小さなスペースに立地。
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三脚柱、六角屋根+六角見張り台の構成。
ハシゴは脚部の外側で見張り台無し。

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半鐘は残念ながらすでに撤去されており、
屋根をはじめ塗装もかなり剥げて来ており、寂しい印象ですね。
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ところでこの火の見やぐらの立地ですが、すぐ東側をJR大糸線が走っていて、
いわゆる“鉄のツーショット”を拝むことが出来ます。

これ、以前(たぶん去年だったか?)にU1教授がそのブログにて
火の見やぐらと鉄道(列車)のツーショット画像を掲載して
「動く鉄と動かぬ鉄」のような内容で記事にしていたことがあり、
鉄&鉄を何箇所か紹介していたと記憶しているのですが、
この大町のやぐらがその一枚だったかどうかは記憶不鮮明。
とりあえず、U1教授にならって一枚撮影してみました。
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たまたま発見した火の見やぐらがたまたま鉄道路線のすぐ傍で、
たまたま訪れた時間に走ってきた列車が特急あずさだったという。
連写で撮った割にはあまりいい写真ではないですが、とりあえず一枚。

動く列車の写真をキレイに撮影する鉄道マニアの人は大勢いますが、
背景まで含めて上手に撮るのはけっこう難しいですね。
修行が必要です。

(取材日:2015年7月31日)



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取り残された火の見やぐらの台柱、続報 [火の見櫓(安曇野市)]

今年の1月にエントリーした記事、「取り残された火の見やぐらの台柱」。
かつて火の見やぐらの脚部を固定するために用いられた石の柱が、
3本あったうち1本のみとなってしまっていた、というような話でした。
img113.jpg150806koujindou4.JPG
上の写真左が台柱撤去ビフォア、右はアフター。

道路工事かなにかの影響で撤去されたのであろう2本は
工事業者がそのまま持ち出して処分してしまったのだろうと推測していたのです、、、が。

じつは今日、ひょんなことから残りの2本を見つけてしまいまして。
それが、こちら。
150806koujindou1.JPG
お分かりいただけただろうか?(←なぜか心霊特番ナレーション風w)

ここは同じ市内の同じ地区内、牧地区荒神堂集会所。
その門柱としてなんと再利用されていたのでした。

集会所はもとあった場所から西へ150メートルほど行った目と鼻の先。
しょっちゅう通っている道なのに、ぜんぜん気づきませんでした。

片方の柱には、たしかに“穂高町消防団”の文字が。
もう片方にはもともとなにも刻まれていなかったようです。
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もともとあった場所よりもいくらか高めに据えられている様子です。
火の見やぐらの台柱としてならある程度の深さが必要であったでしょうが、
門柱で支えるものがなく、倒壊の心配がない程度に埋設は浅く出来るでしょうから、
門柱らしくなるべく背を高く立派に据えたのかもしれません。

火の見ヤグラーとしては元の場所に3本並んで立っているのが理想でありますが、
必要から単純に撤去処分にしてしまわず、このように地域の集会所の門柱として
再活用をしてくれているのも、これはこれでほっこりします。

御影石を門柱に使用した施設や民家は安曇野に数多く存在しますが、
火の見やぐらを支えていた柱を利用したというのはなかなかないでしょう。
ただの門柱としてではなく、地域防災、地域づくりのシンボルタワーでもあった
火の見やぐらの存在を後世に伝える遺構として、大切に残されて欲しいものです。

(取材日:2015年8月6日)



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元号的に希少な万延年間の狛犬 [狛犬・寺社(北安曇郡)]

長野県北安曇郡池田町、会染の宇佐八幡宮。
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長野県神社庁のHPによると、創建は建久年間(1190~1199)で
豊前国の宇佐八幡宮より勧請を受けて産土神としたと伝えられているそうです。

ご祭神は誉田別命と建御名方命。

同社の取材はずいぶん前で、2011年12月。画像はうっすら雪化粧。

じつはU1教授がブログで万延2年建立の道祖神について記事をアップされたのを見て、
そういえば宇佐八幡の狛犬も万延の制作だったなあと、ふと思い出しまして。
で、そういえば記事にするのをすっかり忘れていたなぁ、ということもふと思い出し(^^;
最近通りがかった折に眺めた境内の様子は取材当時から変化していなさそうだったので、
再取材はせずそのまま当時の画像を使用してお送りしたいと思います。

同社は池田町役場のあたりから約2キロほど南下した田園地帯に
この付近では珍しく西面して鎮座しています。

鳥居はさほど大きくないですが、明るい朱塗りが印象的。
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鳥居をくぐると柵に囲われた石灯籠が目に付きますが、
これは万延2年正月吉日と刻まれています。(たぶん、正月だと思われる。)
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このあと紹介する狛犬と並び、これもまた元号として貴重な存在かも。

境内まんなかに大きな神楽殿。
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拝殿と一間社流造の本殿。
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境内の一角に拝殿の新築記念碑と再新築記念碑が並立しています。
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県神社庁HPの解説によれば大正14年(1925)と昭和4年(1929)に
社殿が焼失し再建されたとありますので、
おそらくはそのことを記念する石碑なのでしょう。

石碑に並んで境内社の神様たち。
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高良神社。天照皇大神宮、鹿島神社、山之神神社、金比羅神社、
津島神社、天満宮神社、大巳貴命、少名彦命、柏木神社。

石神石仏も勢ぞろい。
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御嶽大神と如意輪観音。
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青面金剛×2。
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道祖神×2。
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養蚕大神と二十三夜塔。
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そして狛犬たちは拝殿の前に一対。
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2011.12.28.usa24.JPG2011.12.28.usa25.JPG

建立年は『万延元申年(1860)八月吉(辰?)』。
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万延は1860年4月から1861年3月までの一年足らずの短い元号でした。
よって国内どの地域でも万延時代に出来た文化財などの類は
おそらく数の上で非常に珍しい存在ではなかろうかと思われるので、
この狛犬たちも例に漏れずけっこう珍しいものと言ってもいいかもしれません。

そしてデザインにも注目。
2011.12.28.usa27.JPG2011.12.28.usa28.JPG
まず非常にユニークな面立ち。
赤塚冨士夫の漫画に登場しそうな顔つきじゃないですか?
まんまるい輪郭におかっぱのような髪型、というかたてがみ。
憎めない表情をしています。

ところで幕末といえば少しずつ狛犬の数も全国的には増え始めた時期とはいえ、
それでもここ信州松本平一円ではまだまだ数えるほどしか奉献された例がなく、
近在で最も古いのは明和6年(1769)建立の穂高神社の狛犬。
宇佐八幡宮の子たちはこの穂高神社の狛犬たちを参考に
彫られたのではないだろうかというのが自分なりの推測だったりします。
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顔つきは大きく異なるものの、体全体の大きさがほぼ同じ程度。
寸胴のボディラインも共通しており、なにより前脚の股が彫り抜かれていないのが特徴。
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股や腹部の彫り抜きがないのは江戸前中期の狛犬に時折見かける姿だと思うのですが、
穂高神社の子たちは江戸で制作されて手車に乗せて運ばれてきた事実があり、
股の彫り抜きがないのはとくに運搬中の破損リスク軽減を図った意味が強いのではと
推測することもできるだろうと考えています。

いっぽうの宇佐八幡の子たちの素材はおそらく地元で産出された御影石。
とくに運搬リスクという点をさほど考慮せずともよかったと思われますし、
またたてがみのデザインが阿吽で異なっている点などを加味してみると、
やはりこれは石造狛犬として近在で参考に出来る唯一の存在と言ってよい
穂高神社の狛犬を、模倣というほどではないにしても少なからず参考には
していたであろういうのも的外れな見解ではないと思っているのですが。

顔つきがあまりに違うこともあるので、その他のイメージで
たまたま似たように思えてしまっているだけかもしれませんが、
はてさて真実はどうなのでしょうね?

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宇佐八幡宮、境内もゆったりとしたところで、
目の前には田園風景が広がり、開放的な神社です。
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(取材日:2011年12月28日)




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商家と土蔵に挟まれ、消防倉庫の上に立つ [火の見櫓(下高井郡)]

長野県下高井郡山ノ内町平穏、沓野の火の見やぐら。
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前エントリーの天川神社より西に向かって下る旧道(?)沿いに立っています。
細い道の両側は古い民家や商家、土蔵などが建ち並び、
さながらどこぞの宿場町にも似たような雰囲気があり、
なかなかいい感じの町並みに火の見やぐらもマッチングしています。
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今でこそ近所に空き地も散見されている現状ですが、
おそらくこのやぐらが出来た当時は建設できる余裕のある土地がなかったのでしょう。
間口が一間半もないような小さな消防倉庫の屋根の上に乗っかるように建てられています。
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消防倉庫の内部を覗いてみると、なかなかレトロなホース車があったり。
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やぐらの構造はいたってシンプルで、スッキリしたデザインです。
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やぐら自体は決して高層ではないものの、一段高い屋根上にあることと
町並みが坂になっていることから、高さの割には見通しはよさそうです。

山火事防止の幕とも相性よくて。
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街路の先に見えるのは、、、妙高山?
意図的か偶然か、山留めになっている街路は好きです。
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いつまで残ってくれるか、末永く地域のシンボルタワーであり続けて欲しいものです。

(取材日:2015年5月4日)



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渋温泉の御柱が立つ神社

長野県下高井郡山ノ内町、平穏の天川神社。
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湯田中渋温泉郷の渋温泉の外れに鎮座する神社で、
諏訪系ということで境内には御柱も立っています。

最新の御柱祭は2010年に執り行われたらしく、次回は2016年。
温泉街の中心エリアから御柱を曳かれる様子を見ることが出来るそうです。
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ご祭神は健御名方命ほか、おおぜいの神様たち。

境内の様子ですが、なぜか拝殿の写真撮影をすっかりド忘れ。

本殿はこちら。
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秋葉山と大山祇命。
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神輿殿と神楽殿。
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狛犬は境内の参道途中に一対。
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岡崎現代型。
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建立:「昭和10年(1935)9月」
石工:「長野市 石匠 内田島吉」
寄進人:「東京市 兒玉彦治」

長野市の石工さん名がありますが、狛犬は手配だけして
現地での施工を請け負ったということですね。
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ありがちな岡崎型ですが、諏訪梶の彫られた台座とセットになっているのも
“信州の岡崎型”としてのありがちな組み合わせですかね。
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(取材日:2015年5月4日)




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梶の葉と真田六文銭 [狛犬・寺社(長野市)]

このところまともな休日が確保できなくてゆったりと新規(神社)の取材が出来ずにいるのですが、
それでも5月から6月にかけて、幾度か北信方面に仕事で出かけた折に
その所用の前後に時間を少し確保して、火の見やぐら神社の取材に奔走しました。
このところずっと続いている北信シリーズがまさにその取材報告なわけですが。。。

長野市平林、安達神社。
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コンビニストアに隣接している鎮守の杜という、
ミスマッチというか現代的というか、、、な境内周辺の様子。
場所は善光寺方面からまっすぐ東へ向かう国道406号線沿いになります。

実際のところ、当初から取材する目的があったわけではなく、
コンビニに用があったので車を停めたところ、
たまたま隣が神社だったので、じゃあついでに、、、となった次第。

境内入口すぐの鳥居。
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その両部鳥居のすぐ左右に鎮座する岡崎現代型。
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昭和29年5月建立。
石工名は彫られていませんでした。

いわゆる「あちこちに居る子」ということと、
社殿で氏子さんたちが大勢集まってなにやら会合しておられ、
ちょっと気持ちが落ち着かなかったので写真はこれだけ。

20150504adachi6.JPG
現地には由緒書きがなくて取材時点で祭神は不明でしたが、
神紋が梶だったので諏訪系の建御名方命だろうと思いこんでいたところ、
それは間違いではなかったですが、主祭神として五十猛命の名が挙げられていました。
あと、譽田分命を含めて三柱の神様だそうです。
ネットに出回る情報ではこのほか、木花咲屋姫命 を加えているところもあります。
さて、どの情報が正しいのでしょう?

本殿はこちら。
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やはり瓦葺ですね。

摂社の白鳥社、、、だったかな?
20150504adachi8.JPG
六文銭の幕が印象的です。
六文銭といえば、来年の大河ドラマで脚光を浴びる(予定の)真田家の家紋。
その真田家の御城下だった同じ市内の松代に真田家が崇敬した白鳥神社があるので、
もしかするとそこからの勧請かもしれません。違うかもしれませんが。

皇大神宮の社殿前にはもう一対の小ぶりな狛犬たちがいました。
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こちらは子取り玉取り。

台座に「昭和62年9月吉日 竣工記念」とあります。
20150504adachi12.JPG
なんの竣工記念なのか?
まあ普通に考えれば、こちらの皇大神宮の社殿完成が、
ということなのでしょうが、これだけでは余所者にはよく分かりませんね。

市街地の一角ということで境内はさほど広くはなかったですが、
とてもすっきりして氏子さんたちがきれいに整備されている様子でした。
20150504adachi13.JPG20150504adachi14.JPG

(取材日:2015年5月4日)



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