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火の見櫓(岐阜県) ブログトップ

各務原市に立つ登録有形文化財の火の見やぐら [火の見櫓(岐阜県)]

岐阜県各務原市、前野町の火の見やぐら。
2014.12.31.maeno1.JPG
業界(?)では有名、国登録有形文化財の一基です。
2014.12.31.maeno3.JPG

集落の狭い路地沿いに立っているのですが、
遠目から建物越しにも頭が望めるほど、集落内では高層で目立っています。
2014.12.31.maeno2.JPG
文化財データベースによれば高さ19mになるようです。

敷地はふれあいセンター前野という地区の集会場の一角で、
隣接して各務原市消防団第一分団第二消防部第四班前野班の消防倉庫が建っています。
2014.12.31.maeno12.JPG

近づいてみると、足元は注連縄と松飾りが。
2014.12.31.maeno4.JPG
取材日は大晦日だったので、時節柄といってしまえばそれまでですが、
それにしても他の火の見やぐらでは自分はまだ見かけたことがなかったので
とても新鮮でした。ただ、こういう防災施設に注連縄を張るというのは
本来は決して珍しくないことなのかもしれませんが。

屋根は丸型、見張り台は四角で半鐘はなし。
2014.12.31.maeno14.JPG
踊り場は張り出しタイプで、半鐘がここに装備されています。
木槌はないのかなと思っていると、よく見たら半鐘の内側に隠されていました。
2014.12.31.maeno10.JPG
そして画像では判り辛いのですが、頂部の屋根と半鐘に付属した小屋根は
同じようなデザインで制作されているのが特徴です。
鉄工所のささやかなこだわりといったところでしょうか。

全体的なプロポーションは非常にスリム
脚部から屋根に至るまで柱は直線で構成されていて、
規則正しくやや細かなピッチの横架材とリング式ターンバックルの様子が
かなり煩雑な印象を受けそうになりつつも、柱を含めた鋼材が比較的細めなためか、
ゴツゴツとしたしつこさはあまり感じられません。

梯子は柱内部を貫通しており、取付き部は折り曲げられて納められています。
2014.12.31.maeno9.JPG
2014.12.31.maeno8.JPG
踊り場から2段目の梯子への取付きも、横架材のせいか取付きが折り曲げて始まっていますね。
2014.12.31.maeno15.JPG

そして脚部のフレームに装着されている幾つかの銘版に注目。

正面上部「那加消防組前野部」
2014.12.31.maeno5.JPG
正面中柱「昭和拾貳年壹月建設」(昭和12年1月)
2014.12.31.maeno6.JPG
正面左柱「岐阜 熊田商店鉄工部製」
2014.12.31.maeno7.JPG

いわゆる戦前の制作ですが、上部横書き文字の消防組部分は
現代と同じ左→右の書き方になっています。
一方、左柱の鉄工所名のプレートにある岐阜の文字は右→左です。
同じやぐらのプレートとしてこれをどう解釈すればいいのか。

戦前とはいえ左→右の書き方がなかったわけではないので、
消防組の記載はたまたまそういう"新しい”書き方になってしまったという可能性。
しかしそれでは岐阜の文字が旧来の書き方になっていることとの整合性がとれません。

別の可能性として、消防組のプレートは戦後になって左書きが一般になってから
新たに設置されたものである解釈。ただし昭和12年建設の直後に消防組は
全国的に警防団へと改編され、さらに戦後は消防団という形で再スタートしています。
こうした流れの中であえて戦前の名称をプレートに左書きで記す必要があったのか、
少々疑問が残るところでもあります。

地元の関係者に聞けばすぐに正解が分かるのかもしれませんが、
とりあえず今のところは素朴な疑問ということにしておきたいと思います。

あと、やぐらの場所の斜め向かいにお寺があり、
運よく寺の鐘と火の見やぐらの半鐘とのツーショット写真を撮ることができました。
2014.12.31.maeno11.JPG
これも撮れそうでなかなか巡り合えないシチュエーションかなと。

これまでインターネット書籍でこの火の見やぐらを見るにつけ、
登録有形文化財としては昭和12年という比較的新しい分類にあたり、
また外観もこれといって他所にはない特異な要素を持っているとも思えなかったので、
こんな感じでも登録文化財になれるんだ、というのが正直な印象だったのですが、
実際に現地にやって来て、なるほど登録されるだけのことはあるなという印象に変わりました。

屋根デザインやすっきりしたプロポーション、集落景観に馴染んだ様子などは
確かに文化財の構成要素として大切なのですが、自分が感心したのは
脚部基礎周りをきれいに石積みで囲って芝生を植えこんであったり
正月用の注連縄や松飾りの様子などに表れているように、住民と火の見やぐらの関わりが
いかに深いものであるか、という地域からの愛され方そのものでした。
どんなにすばらしい歴史遺産であっても、住民が関心を示さなければ価値が評価されない、
ただの構造物になってしまいます。やはり登録文化財として評価されるのに最も大切なのは、
当該物件の構造やデザイン的評価より以上に地域の熱意と愛情なんだということが、
この火の見やぐらと向き合って改めて感じ入ったことでした。
2014.12.31.maeno13.JPG

(撮影日:2014年12月31日)



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山桜神社の火の見やぐら、再訪 [火の見櫓(岐阜県)]

岐阜県高山市、本町の山桜神社境内に立つ火の見やぐら。
2014.11.02.3.JPG
国登録有形文化財になっている木造の火の見やぐらは
業界(?)ではあまりに有名な存在で。

自分としては2年近く前の春先に取材に出向いているのですが、
今日久しぶりに高山市内に足を運んだ機会に
改めて訪問してみた次第です。
前回訪問の取材記録はこちら

境内の社殿(社務所?)の建物上部に立つ形状のため、
やぐらのすぐ傍らまで近づけないのは相変わらずで残念なのですが、
外観を見てみたところ、とくにマイナスの変化が見られる様子もなく、
まずは一安心といったところ。
しいて言えば櫓の袴部分に使用されている杉板が
少し褪せてきているように見えなくもないところでしょうか。
2014.11.02.2.JPG

時折小雨のぱらつく生憎の天気のなか、
それでもさんまち界隈をはじめ、街は大勢の観光客で賑わっている様子でしたが、
さすがにこの火の見やぐらに関心を示す人はいないだろう、、、などとタカをくくっていると、
いはやは何人かの人がやぐらに対してカメラを向けて撮影していましたよ。

自分が写真撮影している同じタイミングで違う方向から2人ほど。
その後、車を走らせてたまたま傍を通り過ぎたときにまたひとり、
カメラを構えていまして。

その方々の正体が火の見ヤグラーなのか、
文化財というジャンルに関心がある筋の方なのか、
はたまたたまたま目に飛び込んできた異質な構造物に
興味をそそられて何気なしに写真に撮ってみただけなのか。。。

まあ理由はそれぞれにあるとして、
火の見やぐらの存在に関心を示す人がいることは喜ばしいことに違いないです。
2014.11.02.1.JPG
2014.11.02.4.JPG
この関心の度合いがどこの集落にでもある、なんでもない鉄骨火の見やぐらにも
強く向けられるようになると、もっと喜ばしいことになるのですが、はてさて。。。

(撮影日:2014年11月2日)


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半鐘は不滅です [火の見櫓(岐阜県)]

高山シリーズ、もうひとつネタを忘れていました。

岐阜県高山市、八幡町の火の見櫓、、、ではなく
ごくふつうのまちなかに建つ消防団詰所。
2013.02.25.hanshou1.JPG
2階建てのまだ新しい建物の右隅、
シャッター出入口の脇に半鐘が吊り下げられています。
画像左側にあるのはホース干し塔ですね。
2013.02.25.hanshou2.JPG
以前、ここに建っていた火の見櫓のものでしょうか?

ヒアリングをしていないので事実は分かりませんが、
だとすれば、櫓はなくなっても半鐘だけはやはり、、、
ということになったのかもしれません。
2013.02.25.hanshou3.JPG
2013.02.25.hanshou4.JPG
あるいは町でも村でもよくみかける、
低層の梯子型などにある半鐘と同じ用途で
使われていたタイプのものかもしれません。

消防団詰所も高山市街地の建物として
当然ながら都市景観に配慮した外観にされてますね。
アルミサッシの露出を抑えた木製の格子や
シャッターの戸袋を羽目板で上手に覆っています。
ホース干し塔が普通の電柱柱同等なのは、、、まあ、仕方ないですかね。

ところで高山市では、秋葉様のお社を市内のあちこちで見かけます。
2013.02.25.hanshou5.JPG
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神社の境内摂社として祀られているのは安曇野でも多いですが、
高山市も過去にはかなり大火などに苦しめられた歴史があるようで、
またそうした大火の際にも秋葉様だけは類焼を免れたこともあったらしく、
火伏せの神様として秋葉様が各町内で強い信仰を集めたのだそうです。

現代では観光イベントとして行われている「スタンプラリー」にも
秋葉様は協賛(?)していて、各所の秋葉様の祠脇にスタンプセットが
据え付けられています。
2013.02.25.hanshou7.jpg
火伏せ以外でも秋葉様はお忙しくなっているようですね。

(撮影日:2012年3月18日)


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国登録有形文化財の木造火の見櫓 [火の見櫓(岐阜県)]

ほぼ一年前の取材・・・
岐阜県高山市、本町の山桜神社。
2013.02.24.yamazakura1.JPG
、、、という出だしでこのブログに記事を載せれば、
普通なら狛犬ネタになるところなのですが、
今回はさにあらず。

こちら、火の見櫓。
2013.02.24.yamazakura10.JPG
2013.02.24.yamazakura9.JPG
高山市街地内に鎮まる神社の社殿に隣接する建物の上に建っています。
見たまんま木造です。今となっては貴重な存在で、
平成19年(2007)に国の登録有形文化財になっています。
2013.02.24.yamazakura2.JPG
歴史をひもとくと、そもそも山桜神社は山桜という江戸期に実在した馬を
ご祭神として祀っている神社です。
江戸初期の高山城主・金森頼直の愛馬として飼われていた折、
江戸で明暦の大火(振袖火事)に遭遇。
藩の江戸屋敷が炎に包まれるなか、山桜は江戸城の百間堀を飛び越えて
主君を助けたのだということです。

山桜はその功績で晩年は高山市街に厩舎をあてがわれ、
死後は火葬されて手厚く葬られたとのこと。
神社はその山桜を馬頭様として祀り、
火伏せの神様として高山の人に崇められ今日に至っているそうです。

火の見櫓は馬頭組という町の火消し組より
嘉永7年に建設願いが出されて建てられたものと伝わっています。
2013.02.24.yamazakura5.JPG
2013.02.24.yamazakura6.JPG2013.02.24.yamazakura7.JPG
当時は別の場所にあったそうで、明治5年の火災でいったんは焼失。
その後、新たに再建され、昭和7年に現参道付近に移転。
さらに昭和11年(1936)に社地拡大社殿改修の折に現在地へ移転、
現在に至っています。

高さ約7mで内部は三層構造。
写真では識別できませんが、望楼のガラス窓の内側には
明治11年(1878)の銘が入った半鐘が吊るされているそうで、
焼失後の再建もこの年代ではないかと推測されています。

まちなかに存在する木造の火の見櫓として
江戸時代の名残りを感じさせるものではあるのですが、
まちなか故に建物の密集地域で全体像が掴みづらく、
贅沢な話ですが火の見ヤグラーとしてはじれったさの残る櫓でもあります。
2013.02.24.yamazakura8.JPG
2013.02.24.yamazakura11.JPG
あ、ちなみに神社の狛犬はこちら。
いちおう紹介しておきます。
2013.02.24.yamazakura3.JPG2013.02.24.yamazakura4.JPG
岡崎現代型でした。。。

(撮影日:2012年3月18日)


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