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山里の神明社 [狛犬・寺社(大町市)]

長野県大町市美麻、青具地区の神明社。
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道の駅ぽかぽかランド美麻のすぐ近所、
県道31号から497号へ入ってすぐの場所に鎮座。

鳥居はまだ新しいですが、正統な神明鳥居のデザインをしています。
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こじんまりした境内。
2014.05.14.aogushinmei3.JPG

本殿は覆い屋に覆われています。
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地区の鎮守神でしょうね。
狛犬は居ませんでした。
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(撮影日:2014年5月14日)


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若一王子神社にある廃仏毀釈の生き証仏 [狛犬・寺社(大町市)]

前回エントリーに引き続き、大町市の若一王子神社。
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同社は神仏習合の名残が色濃い神社であることは過去にも触れましたが、
鳥居と並立する三重塔と並んで代表格なのが、こちらの観音堂。
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宝永7年(1706)に建立された観音堂は
茅葺きの屋根が特徴的で、現在は県宝に指定されています。
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そのご本尊は十一面観音さま。
同社HPによれば、
「昔から火不見(ひみず)の観音様といわれ火災除けの霊験あらたか」
と記されていますが、
かつては火の難に見舞われた悲しい歴史もあるのでした。

こちら、
伝十一面観音菩薩立像残闕(けつ)。
2013.05.14.2nyakuichi2.JPG
火災に遭遇したようにも見える、痛々しい仏像さま。
頭部がなく、腹部はその大半が焼け落ちてしまっています。

桧の寄木造り。
平安時代後期の制作と推定される、旧ご本尊ですが、
明治初年の神仏判然令に端を発した廃仏毀釈騒動の被害に見舞われ、
誰かによって故意に焼かれたものと伝わっています。
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手元の資料によればその詳細には諸説あるようで、
狂人によって焼かれたという説や、
廃仏毀釈から寺を守る為にやむなく焼かれたという説、
仏像の腹部に金が埋め込まれていると信じた者が焼いて、
その後その者は病で間もなく死亡したなどという説、などなど。

無残な姿に変貌してしまった後、
しばらくは境内の三重塔に放置されていたようですが、
近年になって運び出され、同時に信徒が保管していた化仏とともに
十一面観音像としてあらためて観音堂に安置されることになったのでした。
2013.05.14.2nyakuichi3.JPG

現在は堂内の厨子の傍らに安置され、静かにその余生(?)を過ごしつつ、
私たちに歴史の真実を今に伝えています。
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現在のご本尊は堂中心の厨子に十一面観音御正体が納められていますが、
この厨子はもともと旧本尊の十一面観音立像が納められていたものです。
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厨子は通常垂木が現しに作られることが多いと思うのですが、
ここでは軒裏に化粧が施された板張りで仕上げられています。
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蛙股の装飾がユニークで、正面はエビとカメ、
そして正面向って右側面の蛙股はカニが、
向って左側面の蛙股にはタコが、それぞれ彫られています。
2013.05.14.2nyakuichi10.JPG2013.05.14.2nyakuichi9.JPG
亀などはともかく、カニとタコというのは珍しいような気がします。

堂正面の向拝上部、蛙股には麒麟の彫り物。
2013.05.14.2nyakuichi14.JPG
2013.05.14.2nyakuichi18.JPG
表側の写真を撮り忘れてしまいましたが、
向拝を裏側から見ることはあまりないので、これはこれで貴重かも。

背面にある一対の手挟(たばさみ)の四面にはそれぞれ
孔雀、迦陵頻迦(かりょうびんが)、天女、鳳凰が彫られているのが特徴。
2013.05.14.2nyakuichi17.JPG2013.05.14.2nyakuichi16.JPG
鳳凰とか天女は他でも見たことありますが、
迦陵頻迦の彫り物なんて自分は初めて拝みます。
2013.05.14.2nyakuichi15.JPG
っていうか、迦陵頻迦ってなにっ?
(迦陵頻迦とは?・・・上半身が人で、下半身が鳥の姿をした想像上の生物。
極楽浄土に住むといわれる……らしい。)

若一王子神社。
信仰の長い歴史から感じられる凛とした空気感もそうですが、
建築物や彫刻の豊かな遺産など文化的見どころもたくさんある
おすすめの素敵な聖地だと思います。

(撮影日:2013年5月14日)


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若一王子神社の神殿狛犬 [狛犬・寺社(大町市)]

大町市、若一王子神社。
2013.05.14.nyakuichi1.JPG
神仏習合の名残を色濃く残す同社は
以前にも一度このブログで取り上げたことがあります

岡崎現代型の初期モデル的な参道狛犬のほか、
ここには本殿の縁側に鎮座する木造の神殿狛犬が一対います。

拝殿の脇へ回り込めば本殿そのものはなんとか拝観できるのですが、
狛犬さんは縁側の欄干が邪魔して下半分がほとんど見えない状態。
2013.02.10.nyakuichi15.JPG2013.02.10.nyakuichi16.JPG
上の2枚は一昨年に板塀の外側から撮影したもの。
横顔を見る限りではいい造りをしているように見受けられるので、
なんとか全体像を拝むことが出来ないものかとずっと思っていました。

そして・・・・・・じつはこのたび、本殿に上がらせて頂いて、
狛犬さんと間近に対面することが、なんと叶ってしまいまして。

若一王子の宮司さんには地鎮祭などでいつも大変お世話になっており、
以前から「狛犬が見たいんですぅ♪」とラブコールをしていたのですがwww、
つい先日にお会いした際に再アタックしたところ、
「じゃあ、今度おいでよ」と、わがままを受け入れて頂けることになった次第。

もうっ、瞳キラキラ状態で、ソッコーでやって来ましたよO(≧∇≦)O(☆。☆)d(゚∀゚)b

社務所から観音堂経由で拝殿へ。
(観音堂も取材しましたが、それはまたのちほど。)
2013.05.14.nyakuichi2.JPG
観音堂の裏手から本殿方面を望むとこんな感じ。
ここからでは狛犬さんの全貌どころか表情もよく分かりません。

拝殿内。
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拝殿から幣殿へと繋がる渡り廊下の扉は、
伊勢神宮の第60回式年遷宮(昭和48年)の折に贈与を受けたもの。
拝殿そのものがその機に新築され、旧拝殿が現在の幣殿となっています。

そしてその扉の上部には龍の彫り物。
2013.05.14.nyakuichi3.JPG
幣殿と拝殿を繋げる際に幣殿=旧拝殿に付していた龍が
屋根の都合もあって現在の位置に移設されたもの。
いま見ると顔が真正面で真下を見下ろす格好でついていますが、
本来はもっと右のほうへ全体的に角度をつけて据えられ、
顔は斜めになって眼下の人々を睨む構図が正しいのだそうです。
ここに移設する際、あれやこれやでこのようになってしまったらしいのですが、
その辺の経緯は、まあ割愛しておきます。。。

幣殿。
2013.05.14.nyakuichi5.JPG
本殿へとつながる扉は開放されていましたが、
御簾が下げられているので正面からはまだ本殿は拝みにくい状態です。
その扉の彫刻。
2013.05.14.nyakuichi6.JPG2013.05.14.nyakuichi7.JPG
素朴ですが両面彫りの優れた作品。

下の画像。ちょっとわかりづらいですが、鶴の背後に竹の彫りが3本見えます。
2013.05.14.nyakuichi8.JPG
本当は4本あったところをどこかの悪者が本殿に忍び込もうとして
1本破壊してしまったのだそうです。
神をも恐れぬ不届き者ですな(‐_‐♯

さあ、いよいよ本殿。
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そして、改めまして、、、若一王子神社の神殿狛犬さんです.。゚+.(・∀・)゚+.゚
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建立年は不明ですが、国重文にも指定されている本殿が
江戸初期の承応3年(1656)に大改修を受けているため、
そのタイミングで新たに制作されたか、あるいはそれ以前からあったものなのか、
案内して頂いた宮司さんの話によると、はっきりとしていないのだそうです。

横置き型なのですが、首を90度かそれ以上に横に振っています。
2013.05.14.nyakuichi15.JPG2013.05.14.nyakuichi10.JPG
縁側の欄干、とくに親柱のボリュームが比較的大きいせいか、
あえて目線を親柱から逸らした方向に向けているのかもしれず、
また親柱よりも前に持ち出すと、本殿の扉を開閉する際に
邪魔になりかねないということで、現在の位置で今の格好になったのかも。
そう考えると、制作して据え置かれた最初の頃から
現在のポジションだったのかなという想像が膨らみます。
2013.05.14.nyakuichi16.JPG2013.05.14.nyakuichi11.JPG
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いづれにしても、可愛い子たちです。

これまで塀の外側から横顔だけしか拝めませんでしたが、
想像していた通り、正面から見ると愛嬌のある優しい表情をしていました。
2013.05.14.nyakuichi22.JPG2013.05.14.nyakuichi23.JPG
左右できちんと阿吽になっています。
素朴ですが、彫りは深くてしっかりと丁寧になされています。
類型としては阿吽ともに角もなく、髪型やひげの様子などは
江戸狛犬の特徴をよく捉えているのですが、
一方で渦巻状の鬣などの様子は浪速(畿内)型の典型例ですし、
東西狛犬の折衷案で制作が進められたのかもと、
勝手な想像も膨らんだりしています。

全体の彩色はなくて木地のままですが、目玉と口だけは塗られていますね。
関西でよく見かける神殿狛犬は明るい彩色のものが多いのですが、
こういう素朴なもののほうが落ち着いていて好みです。
2013.05.14.nyakuichi13.JPG2013.05.14.nyakuichi18.JPG
2013.05.14.nyakuichi14.JPG2013.05.14.nyakuichi19.JPG
背面や頭頂部などを見ると、虫食いを含めて
けっこう痛みの出ている部分も見受けられますが、
ひどく腐朽しているというふうではなさそうなのでひと安心。
神殿狛犬をこういう角度から拝観できる機会など滅多にないので貴重です。

子獅子で愛嬌のある子はいましたし、
面白おかしいという類の親獅子もけっこう見てきましたが、
子獅子ではない狛犬の、しかも神殿に居る子達で
ここまで愛くるしい表情の子との出会いは自分は初めて。
2013.05.14.nyakuichi24.JPG2013.05.14.nyakuichi25.JPG
重文の神殿に足を踏み入れられたことも貴重な体験でしたし、
この子達と間近で対面できる機会を設けていただいた宮司さんに
あらためて謝意を送りたいと思います。

若一王子神社公式HP

(撮影日:2013年5月14日)


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神殿の縁側で静かに勤めを果たす狛犬 [狛犬・寺社(大町市)]

大町市、若一王子神社。
2013.02.10.nyakuichi1.JPG
仁科神明宮と並ぶ、大北地方の名社といっていいでしょう。

街道沿いの入口に立つ一の鳥居。
脇の社号標の別表神社の文字が目立ってます。
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由緒によれば垂仁天皇の時代、
仁科氏の祖となる仁品王が同地に社を建てて伊弉冉尊を祀ったのが始まりで、
後年、この地方の人の手により創始の神として仁品王と妹耶姫を合祀し、
嘉祥2年(849)に創建されたと伝えられています。

時代を降り、仁科盛遠宿禰が熊野詣の折に若一王子を勧請して以降、
若一王子の宮と称されてきました。

こちら、日本三大流鏑馬でもある子供流鏑馬神事で有名な神社ですね。
長野県の有形民俗文化財にもなってますが、
詳細解説は公式HPに任せることにします。

若一王子神社公式サイト

神社ですが、神仏習合時代の名残がまともに残り、
ある意味“名刹”といってもいいかも。

鳥居と三重塔のコラボがいい雰囲気です。
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三重塔は長野県宝。
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4千坪に及ぶ社叢は長野県の天然記念物指定。
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参集殿も立派ですね。
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拝殿は昭和50年建立。
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昭和48年の伊勢神宮の式年遷宮の折に社殿を贈与を受けて、
旧拝殿を幣殿にしてその前面に新拝殿として建立されたものです。

そして拝殿の隣には茅葺屋根の観音堂。
2013.02.10.nyakuichi12.JPG
宝永3年(1706)の建立。
こちらも長野県宝指定で、ご本尊は十一面観音。
内陣には彫刻や絵の施された厨子が置かれています。
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そして参道狛犬。
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昭和10年7月建立。
寄進人が大連市の方のようで、時代を感じます。
いわゆるひとつの岡崎現代型ですが、そのなかでも初期型といっていい感じ。

しかしこの若一王子神社で狛犬といえばやはりこちらでしょう。

弘治2年(1556)に造営されたのち、承応3年(1654)の改修を経て、
現在では国の重要文化財の指定を受ける立派な本殿。
2013.02.10.nyakuichi15.JPG
桧皮葺一間社隅木入春日造。
室町期の特徴をよくつかんだ社殿といわれ、
箱棟の赤鬼が特徴的です。
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で、狛犬。
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神殿の縁側に鎮座する、典型的な木造の神殿狛犬。
欄干で下半身がいまひとつはっきり見えないのが残念ですが、
顔のあたりは彫りが深い印象で、いい作りなのではないでしょうか。
ただ、本殿は国重文ですが狛犬は。。。

いつか全身像を間近で拝んでみたいものです。

(撮影日:2011年8月20日、12月18日)


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