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日枝神社の御旅所にいる狛犬 [狛犬・寺社(東京都)]

東京都中央区日本橋、茅場町の日枝神社日本橋摂社。
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今日、たまたま東京有楽町にて日帰り出張があり、
昼休みの束の間を利用してどうにか同社を訪問取材してきました。
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東京証券取引所にも程近い、オフィスビル街の真っ只中に境内はあります。

永田町の日枝神社の境外摂社。
創建は天正18年(1590)で、情報によれば
日枝神社の八丁堀北嶋祓所まで神輿が船で神幸したことに始まるとされています。
後年には同社地が御旅所に定まり、明治10年(1877)に現在の日枝神社に改称。
大正4年に日枝神社本社の境外摂社に定まり、現在に至っています。

参道途中から振り返るとこんな感じ。
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参道を抜けて鳥居をくぐると社号標。
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手水舎。
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拝殿と本殿。
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社務所。
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狛犬は鳥居をくぐったすぐその足元に鎮座していました。
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裏書は年代と制作者氏名が。
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「昭和9年(1934)6月 駒込肴町 酒井八右衛門」
「石匠 水道橋 野村保太郎」

井亀泉(せいきせん)一門の仕事です。
昭和9年の酒井八右衛門は三代目の名跡で、
これと石工の野村保太郎がコンビで名を彫られているのは
この前年、昭和8年制作の神田明神の狛犬が有名ですね。
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野村保太郎は昭和初期に活躍した東京の石工ですが、
彼の作品では野村保泉の名義でも狛犬が制作されています。
安曇野の穂高神社にいる昭和15年の大型の狛犬も
その名義は野村保泉とされています。
この使い分けについて、明確に記されたものを自分はまだ確認していません。
以前のエントリー記事で、石材店のチームとして制作した作品については保泉名義で、
保太郎本人が直接彫る時には野村保太郎の本名が使われたのでは?
などと書いたこともあったのですが、あるいはそうではなくて
石材店として酒井八右衛門が関与する作品については
保太郎の本名にて請けるというふうに決めていたのかもしれません。
もちろん、これらは推測なので真実をご存知の方がいればぜひ情報をお寄せください。
お待ちしております。

狛犬のデザインはいわゆる招魂社系になるかと思いますが、
飾帯を付けている様子などから東大寺型に近いものといえるかもしれません。
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もっとも、首を思いっきり後方に傾げて天を仰ぎ見る姿はちょっと珍しいですね。
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そんなわけで残念ながら表情をしっかりと観察することは難しいのですが、
目玉の黒目になる部分も明確に彫り込まれているあたり、丁寧な仕事といえると思います。

境内には稲荷社があり、狐さんもいました。
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大都会のビルに囲まれた境内は決して広くはないですが、
とても清潔に整えられた様子で、狛犬たちもしっかり存在感を示していて
いい雰囲気を感じられました。
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(取材日:2015年6月20日)



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善光寺三鎮守、湯福神社 [狛犬・寺社(長野市)]

このところ火の見やぐらの更新ばかりだったので、久しぶりに狛犬をば。

長野市箱清水、湯福神社。
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善光寺の西に鎮座する同社は善光寺の守護神である善光寺七社の一社。
さらに善光寺三鎮守とも呼ばれており、創建年は定かではないですが、
持統天皇5年(691)に風鎮祭の神として、奈良の龍田大神、諏訪大神、
地元の水内大神の三社を勅祭したと記録があるそうです。

ご祭神は健御名方命の荒御魂(あらみたま)。

善光寺表参道の西側一体の15町を氏子としていて、
境内由緒書き看板の裏側にその町名が記されています。
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一の鳥居と二の鳥居。
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両鳥居の合間には小川が流れていて、なかなかにいい雰囲気です。
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同社は境内に立つ天然記念物のケヤキが有名らしく、
なるほど立派なケヤキの古木が立ち並んでいました。
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拝殿はそのケヤキの大木の間を抜けた先。
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鈴ではなく鰐口が吊られているのは、やはり善光寺に縁あるところからでしょうか。
御神紋は諏訪大社同様に梶の葉です。

本殿は彫り物が立派で、本殿向かって右側の水神様と
並んでいる建物に神輿が祀られています。
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本殿向かって左側には社務所。
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そして拝殿手前には善光廟が。
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これは善光寺の開祖といわれる本田善光の廟で、
なかには善光の墓とされる大石が祀られていました。

さて、狛犬ですが。
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境内正面入り口の両脇、一の鳥居の手前に鎮座。

大正11年(1922)10月建立。
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台座には長野市元善町という地名とともに寄付人の名前が。
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同じ阿吽ともに武井姓。親子かなにかでしょうかね。

尾が足座に流れる様子など全体の雰囲気は江戸型狛犬の特徴を持っていますが、
表情は穏やかというか、笑みを浮かべているような感じにも見えます。
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阿吽ともに折れ耳ですが、阿形の片耳が欠損しているようで残念。
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また阿形の足元には子獅子がいるのですが、
こちらはなんと頭がごっそり欠けてしまっています。
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じつはこの状態は同社を取材する前から知っていたのですが、
事前に得た情報ではこの欠けた頭部の変わりに
手書きで顔を描いた小石を据えていた画像を見かけました。
今回の訪問でそのユニークな子獅子と会えることを楽しみにしていたのですが、
その小石の顔もまた欠損してしまったのでしょうか。残念です。
ちなみにその小石の顔は神社の向かいにあるクリーニング屋の店長が
書いたものだったそうです。

吽形の足元は玉。イメージは鞠ですね。
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長野市内の狛犬は岡崎現代型の所在率が非常に高い印象があります。
安曇野を含む松本地方でも、もちろん岡崎型をよく見かけるのですが、
それでも松本エリアではオリジナルデザインの子もけっこういて、
年代的にも江戸期制作という狛犬も少数ながら存在します。
そういう意味では松本より以上に善光寺平においては
狛犬文化の流入が遅かったといえるかもしれませんし、
逆に言えばこの湯福神社の子達はけっこう貴重な存在となりますね。

まあとにかくここは善光寺のお膝元。
ご開帳で賑わう有名寺の守護を務めるというだけでも、
同社の貴重さはじゅうぶんなものといえるわけですが。
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(取材日:2015年5月4日)



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半鐘叩き装置付き火の見やぐら [火の見櫓(須坂市)]

長野県須坂市須坂、本上町の火の見やぐら。
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須坂市街にあり、お隣が保育園といった立地。
閑静な住宅街といった感じで、道路向かいには
須坂市消防団第二分団一部機械器具置場があります。
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スタイルは4脚注、8角形屋根&丸型見張り台。
同地方の標準モデルですが、ブレースは上下異形状ではなく
全段でリング式ターンバックルが使用されています。

銘板あり。
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「鉄骨建築 警鐘ロー
 高田鉄工所
 上田市 川原新町
 TEL 上田730」

地元ではなく高山村の赤和地区で見た火の見やぐらと同じ鉄工所ですね。
まったく同一の銘板を利用しているようで、警鐘”ロー”の文字も一緒。

で、ここの火の見やぐらで注目なのはそんな銘板よりも半鐘のこと。
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見張り台にまだしっかり半鐘が装備されているのですが、
よく見ると半鐘叩き装置が装着されているのがわかります。
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これは地元で近年になって新たに開発された装置。
以前、ヤグラー師匠のU1教授がこの装置の情報を入手されたことがあり
自身のブログで紹介されていたのを見て、自分も初めてその存在を知りました。

ネットで検索をかけるとこんな紹介記事があったのでリンクを張らせてもらいます。
須坂市HP内のページ(別ウィンドウでPDF表示されます)

地上操作型半鐘叩き装置というようです。
高齢化や冬季などの昇降の危険などを考慮して
消防団から消防本部に要望があり、依頼を受けた市内の業者が開発。
(有)中沢製作所と須坂市産業連携開発課がコラボレーションし、
須坂市地域研究開発促進事業を活用し開発したとのこと。

要領としてはやぐら直下に下ろされたロープを引っ張り動かすと
装置に取り付けられた木槌が半鐘を叩いて、人が直接叩くのと
同じように音を鳴らすことができるのだそうです。
半鐘の音色から想像される打鐘のイメージとはちょっとかけ離れますが、
現代の消防団事情などを考えるとある意味画期的なことだとも言えるでしょう。
なにしろ消防団も山間部を中心に高齢化も進んでいて
梯子の昇降だけでも危険な度合いが増してきているとききますし、
そういうハンデを背負った消防活動に多少なりともサポートできるのであれば
こうした装置は非常に有用ではないかと思えます。

なにより杓子定規に火の見やぐらを時代遅れと片付けてしまうことなく、
防災無線やスピーカーだけに頼ろうとはせず、
半鐘の有効性を認めた地元自治体と消防団関係者に敬意を表します。

こうした取り組みが地域住民の火の見やぐらへの関心を高め
その存在意義を改めて見直す契機になってくれればと思います。
安曇野でもこの装置、採用する動きが出てきたりしないものかなと。。。
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(取材日:2015年5月4日)



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集落外れにポツリと佇む [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、高井新堀地区の火の見やぐら。
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これもまた、5月の高山村訪問時に新たに出会った一基。
新堀区公会堂の建物がある敷地内に立っています。

県道54号線から少し入った先にあるのですが、
立地的になんとなく違和感がありました。
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背後に山を背負い、公会堂があるとはいえ集落の中心は県道を挟んだ反対側。
隣地は自動車整備工場のような建物と、一歩出た県道沿いにはホームセンター。

やぐら本体も、どことなく新しい雰囲気ですね。
銘板がないので詳細は不明ですが、
リベットを使用していない点で比較的新しい年代のものと推測できます。
なによりブレースが上下で異なるという高山村スタンダードではなく
全段リング式ターンバックルを使用している点にある意味新鮮さを感じたりして。
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柱脚と横架材は溶接ですが、ブレース端部はボルト接合。
内側のブレースの棒鋼をひん曲げて固定しているのがなんとなく珍しいような。
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現在でも半鐘をたたいているのかどうかは分かりませんが、
メンテナンスはしっかりしているのか塗装がきれいなまま保たれていて、
やぐら全体が明るく輝いていました。
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(取材日:2015年5月4日)



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バス停付きの火の見やぐら [火の見櫓(上高井郡)]

長野県上高井郡高山村、水口地区の火の見やぐら。
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こちらも前エントリーの赤和地区同様、
3年前の取材時ではなく今年のGWの再訪時に新たに出会ったもの。

赤和地区から車を走らせていると、彼方の集落の一角に火の見やぐらを発見。
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画像だけでなく肉眼でもけっこう遠めだったのですが、
それでも発見できるのはヤグラーの千里眼といっていいのでしょうかw

やぐらそのものは高山村スタンダードとでもいうべきスタイル。
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4脚柱、8角形屋根&丸型見張り台、そして上下で異なる仕様のブレース。

脚部は正面のみアーチで、その他3方は足固めのような横材を装備。

銘板らしきものはありましたが、錆びついて字がかすれて残念ながら判読不能。
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その代わりといってはなんですが、足元のバス停がいい感じです。
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「水中火の見」

以前池田町にも火の見バス停がありましたが、
そちらの火の見やぐらは残念ながら解体撤去されてしまいました。

火の見やぐらの記憶がバス停の名前だけということにならないよう、
こちらでは末永く集落のシンボルタワーとして生き続けて欲しいと思います。
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(取材日:2015年5月4日)




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