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境内は駐車場? [狛犬・寺社(松本市)]

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以下の本文、2014年6月30日に記事アップ後、一部加筆訂正しています。
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長野松本市深志、冨士浅間金刀比羅神社。
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前エントリーの深志神社表参道を出てすぐの場所に鎮座しています。
一見すると町なかの月極駐車場って感じがありありなんですが。
いや、じっさいに駐車場として使われている様子ではありますね。
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こじんまりした拝殿。
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その後方、左に金刀比羅神社、右に冨士浅間神社。
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駐車場、、、もとい、境内の入口はちゃんと鳥居がありまして、
その傍らに狛犬がいます。
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昭和6(1931)年11月建立。
石工:田近正一。
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2014.05.10.fujikonpira9.JPG2014.05.10.fujikonpira10.JPG
全体には松本型のごく標準デザインで、
ご存知田近石材店による作品です。
(有)田近石材本店HP

じつは冒頭に書いた加筆訂正したというのはその点についてで、
元の文章では、この冨士浅間神社の狛犬はもともとお隣の深志神社にあったもの、
という表記をしてありました。
その根拠は田近石材さんのHPに掲載されていた一枚の写真だったのですが、
それは誤掲載であることが分かり、深志神社から移設した経緯に疑問を感じた点は
きれいにクリアになったので、改めて訂正し、元の文章は削除いたしました。

田近石材店の田近勝之、田近正一の両氏の銘による狛犬は
松本市内を中心にかなりの個数が制作されています。
江戸狛犬をベースにアレンジした亜流のイメージがある松本型狛犬ですが、
他の地域ではあまり見かけない鬣の左右へワイドに広がるデザインが特徴的で、
狛犬の地域性の豊かさを象徴するようで自分はけっこう気に入っています。

松本型は他の石工さんの手による作品も見られますが、
田近氏のそれは数が圧倒的で、松本型=田近といってもいいほどですね。

田近石材本店のHPには市内各地に存在する狛犬が紹介されています。
とくに制作当時の古い画像がけっこう載っているのが必見です。

松本型狛犬は取材済みでまだ記事エントリーできていない子達もけっこういるので、
なるべく早くアップして行きたいです。
いつになるか、まったく先行き読めませんが。。。
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(撮影日:2014年5月10日)


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松本平随一の天神様 [狛犬・寺社(松本市)]

長野松本市深志、深志神社。
2014.05.10.fukashi1.JPG

神社の由緒によると、
暦応2年(1339)9月9日、信濃国司小笠原貞宗公による創建と伝えられています。
諏訪大社より分霊を受けて「宮村明神」と通称。
永正元年(1504)小笠原氏は、深志城(松本城)を築き移るに及び産土神と尊敬し、
社殿を西面に直し城の巽の鎮護神としました。
以下、由緒書きをご参照下さいませ。
2014.05.10.fukashi15.JPG

社殿が西面しているということで、参道も西側より進入となります。
一の鳥居を抜けてすぐ朱塗りの二の鳥居。
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そのすぐ手前に狛犬が一対います。
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享和元(1801)辛酉年2月23日建立。
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松本市内では古い部類に入る狛犬だと思います。
台座にあれやこれやと文字が多く刻まれているのですが、
享和元年に建立された後、台座などが崩れたかなにかのようで、
その後明治32(1899)年4月25日に再建立し、
さらに昭和27(1952)年5月27日に再々建立となった模様。
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阿吽が左右反対なんです。
理由はよく分かりません。
何度か台座の据え換えなど行っているようですから、
元は縦置きだったものを横置きにすることになって、
その際に首振りの都合から横置きとしたのでしょうか。
現在の向かって右側にいる吽形にのみ角がある様子から見ても、
再建の折に反転させたと考える説に一定の根拠を与えています。
が、真実は定かではありませんので、あくまで勝手な推測です。
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表情は悪戯っぽさがある一方で厳つさはないので親しみが持てます。

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尾は浪速のデザインを連想させますね。

明るい朱塗りの手水舎。
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社名は深志ですが、ご祭神が天神様なので、、、
牛。
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こちらは木製の牛。
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恵比寿殿。
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神楽殿。
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舞台庫。
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拝殿。
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本殿。
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手前から八坂神社、天満宮、宮村宮。

拝殿前にも狛犬が一対います。
2014.05.10.fukashi25.JPG2014.05.10.fukashi26.JPG
昭和3(1928)年6月25日建立。
縣社昇格記念による奉献のようです。
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体格がけっこう大型の子なんですが、
顔も比例してけっこうデカく、しかもけっこう人面顔。
2014.05.10.fukashi29.JPG2014.05.10.fukashi30.JPG
ハッキリした犬歯があったりするわけですが、
こんな面長の子達は他で見かけたことがないです。
上下にひしゃげて横長になった顔なら見たことありますが。
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2014.05.10.fukashi33.JPG2014.05.10.fukashi34.JPG
尾は渦巻状ですが、再度は足座に絡んでいます。
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社殿に隣接して社務所と梅風閣という式場ホールが建ち並んでいます。
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松本市内で最も有名で大きな神社のひとつですからね。
Jリーグ松本山雅の新年度参拝の神社でもあります。

南参道入口付近には境内社が集まっています。
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深志神社。
すぐ東隣にまつもと市民芸術館があるなど、市街地の真っ只中にあり、
周辺地区は古くからの民家が建ち並ぶ狭い路地街となっているので
初めての人だと道が分かりづらいかもしれない場所。
でも神苑はゆったりしていて明るく開放的で、素敵な神社です。
2014.05.10.fukashi45.JPG

(撮影日:2014年5月10日)


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松本にいる明和6年の狛犬 [狛犬・寺社(松本市)]

長野松本市大手一丁目、今町亘理神社。
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市街地を流れる女鳥羽川沿いにあり、
近年急速にマンション街のような感じになりつつあるご近所の中、
こじんまりした境内が待ち構えています。
2014.06.26.watari6.JPG

境内手前に立つ禁札舎には英語表記。
2014.06.26.watari3.JPG2014.06.26.watari4.JPG

社名の亘理=“わたり”の名称由来は由緒書きにありました。
2014.06.26.watari10.JPG
どうやら女鳥羽川の渡し場安全祈願の意味を込めたものとのことだそうで、
これによれば亘理神社と今町五柱神社の二社が合祀されたとあります。
ただ、奥州は現在の宮城県内に亘理郡という地方がありますが、
それとはなにか関係ないのでしょうかね。
ご祭神に森陸奥六郎義隆が祀られていますけど、亘理郡とは関係ないのかな?

ご祭神は
倉稲魂命
誉田別尊
森陸奥六郎義隆
などをはじめ、他に5柱。

創建年は亘理神社が安政4(1857)年、今町五柱神社が大正2年(1913)。
両者の合祀は昭和26(1951)年となっています。

ただ長野県神社庁の紹介によれば、
「宝永3年当村字南に勧請、文政4年吉田家の許可を得て天白稲荷と称し安政4年当地移す。」
とあります。
宝永3年=1706年。
文政4年=1821年。

以上を踏まえて狛犬鑑賞に移るとですね、、、
2014.06.26.watari7.JPG

参道左右に2対の狛犬がいますが、まず手前側。
2014.06.26.watari14.JPG2014.06.26.watari15.JPG
明和6(1769)己丑年9月吉日建立。
境内の由緒書きにある神社の創建年との整合性がたたないために
この建立年を見て迷いが生じましたが、帰宅後上記HPの紹介文を読んで納得しました。
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2014.06.26.watari18.JPG2014.06.26.watari19.JPG
デザインですが、顔つきを見て一瞬浪速型かと思ってしまいました。
2014.06.26.watari20.JPG2014.06.26.watari21.JPG
京都あたりで見かける江戸末期~明治期の狛犬の印象になんとなく近かったので。

明和6年といえば、穂高神社若宮社の狛犬が真っ先に思い浮かびます。
若宮社のほうは同年4月建立なので、たった5ヶ月ほどの差。
たてがみや尾のデザイン、体長などもけっこう似通っています。
2014.06.26.watari22.JPG2014.06.26.watari23.JPG
2014.06.26.watari24.JPG2014.06.26.watari25.JPG
若宮社の狛犬は江戸で制作され穂高まで運ばれてきたとのことですが、
亘理神社の子達も同じ系譜である可能性はあんがい低くないと思います。
2014.06.26.watari26.JPG2014.06.26.watari27.JPG
吽形の足座正面側に建立年が記銘されているのも、若宮社と同じですし。
2014.06.26.watari30.JPG
江戸中期の作品に時折見かける頭頂部の窪みが確認できるのも若宮と同じですね。
2014.06.26.watari31.JPG2014.06.26.watari32.JPG
若宮の子を模倣して地元の石工により制作された可能性も無きにしも非ずですが、
素材が同一のような気がしますし、やはり江戸で作られたものを運ばれてきたのでしょうか。

そして足座に刻まれた「○に羽」の文字が気になります。
2014.06.26.watari28.JPG
亘理神社はもともと折井家個人の神社だったとありますが、
○に羽が同家の屋号などと関係があったのでしょうかね。
あるいは制作した石工の屋号かなにかなのか?

この足座、現在は台座の石にコンクリート固定されてしまっていますが、
もとは単純な四角平面ではなく下部が彫り込みがあったようで
側面には簡単ながらも化粧デザインが施されています。
化粧はともかく、こういう感じのマーク入りはあまり見かけないですね。

いづれにしても、松本市内で自分が取材した狛犬のうち
年銘がはっきり刻まれているものとしては最古の石造狛犬となりました。
自分は“はじめちゃん”を含めた年代古い子ばかり追っかけているわけではないですが、
それでも江戸中期という希少性の高い子達と出会うと嬉しくなりますね。

市内には他にも年銘不明な江戸中期頃ではないかと推測される子達もいますが、
もしも明和6年より以前建立の子達がいれば、ぜひ情報をお寄せ下さい(^^)v

明和生まれの子達のすぐ奥にはもう一対の狛犬たち。
2014.06.26.watari33.JPG2014.06.26.watari34.JPG
こちらは建立年不明なんです、が。。。
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なんなんでしょ?
阿形は玉取り、吽形は子取り。
で、玉も子獅子も明らかに後世の後付け。
2014.06.26.watari39.JPG2014.06.26.watari40.JPG
でも前脚の様子なんかは単純な付け足しじゃなくて
もともとそこに何か(子とか玉)が存在していたような動きですよね。
なにかしらの事情で破損したので、新たに作り直したということなんでしょうかね。
2014.06.26.watari41.JPG2014.06.26.watari42.JPG
2014.06.26.watari43.JPG2014.06.26.watari44.JPG
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裏事情はよく分かりませんが、
子獅子はありがちな普及品のような感じなので、
もうちょっと工夫が欲しかったですね。
玉もせっかくなのだからデザインを取って松本てまりをイメージしたものにするとか。
多分に予算の都合であろうかとは思うのですが、ちょっと惜しいです。

目が赤く着色されていたようで、塗装が伝ってきているのが
なんとなく赤い涙を流しているかのようで、ちょっと切ない印象。
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本殿と拝殿。
2014.06.26.watari9.JPG2014.06.26.watari8.JPG

境内の奥に祀られている石仏。
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境内はまちなかの片隅に立つ神社らしくこじんまりですが、
氏子(崇敬者)のみなさんが清掃などまめにされていらっしゃるのか、
とても清潔な感じでした。
2014.06.26.watari47.JPG

社務所と思しき隣家が町内の公民館だったようで、
地域の住民自治と神様との一体感が残されているような印象です。
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神社前を流れる女鳥羽の川の様子も、雰囲気があっていいですね。
2014.06.26.watari48.JPG

(撮影日:2014年6月26日)


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名水井戸脇の御嶽大神 [狛犬・寺社(松本市)]

長野松本丸の内、御嶽大神。
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松本城からみて北東寄りに鎮座。
付近はまだお殿様がいた時代には三の丸北東隅となり、
北門馬出(うまだし=虎口の外側に曲輪を築いて防御力を高めたもの)があった場所です。
現在でも同社の背後となる東側は外堀がそのままの遺構となって現存しています。
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境内の入口は商家と商家の合間の路地から。
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小さな平屋建て民家のような建物が社殿で、
正面に鳥居が立っていないとすぐにそれと分からないような雰囲気。
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上述の江戸時代には境内に位置する場所に隅櫓が建っていたとのこと。

現在は各種の石造物が社殿前に並び立っています。
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道祖神もあり、
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こちらは摩利支天。
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狛犬は社殿前に居るのですが。。。
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2014.05.10.ontake6.JPG2014.05.10.ontake7.JPG
建立年不明ですが、記銘が右横書きなので、
昭和10年代以前のものだろうと推測できます。
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で、素材はどうやらコンクリート製ではないかと思われ。
2014.05.10.ontake10.JPG2014.05.10.ontake11.JPG
左官塗りで仕上げられたような全体の様子。
その上からかなりぶ厚めに本体全体に塗装が施されており、
経年劣化を抑えているような感じです。
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デザインは松本型を参考に作られているかなといった印象ですね。

そしてそして、ユニークなのはその狛犬の前に居るもう一対のこの子達。
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狛犬?
いや、ふつーにライオンでしょう。
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いちおう、阿吽にはなっているようで、
これもまたコンクリートで左官仕事で仕上げられたようです。
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境内の隣はミニ公園になっています。
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水汲み場としての井戸が設けられて、落ち着けるスポットです。
2014.05.10.ontake22.JPG

(撮影日:2014年5月10日)


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松本城の鬼門を守る松本型狛犬 [狛犬・寺社(松本市)]

長野松本市女鳥羽、岡宮神社。
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長野県神社庁のHPでは地名は旭のようですが、
道路向かいの社務所が旭のようで、実際の境内は女鳥羽になるようです。

同社は松本城からみて北東の方角に位置し、創建年不明ですが
鬼門鎮護の社として、また北深志地域一帯の総鎮守として崇敬されてきました。
2014.05.10.okamiya2.JPG
ご祭神は、
建御名方命、誉田別命、伊邪那美命。

正面境内入口に立つ台輪鳥居は鉄骨の控え柱があり、耐震補強が施されています。
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右に社務所を見ながら歩いた先に御神門。
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そのすぐ先に立派な拝殿が控えています。
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本殿。
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寛文3(1663)年建立の本殿は元禄13(1700)年寄進の神輿とともに
市の重要文化財に指定されています。

本殿向かって右側の、事代主社と愛染殿。
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同向かって左側の境内社。
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狛犬は拝殿正面に左右一対。
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大正14(1925)年5月建立。
石工:田近勝之、田近正一。

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松本平界隈でよく見かける田近氏制作の松本型狛犬。
鼻の下の丸まった様子や、なにより鬣のぐわっと広がる様子。
2014.05.10.okamiya17.JPG2014.05.10.okamiya18.JPG
参道に対し横置きで、首はやや入口側へ振っているものの
基本的には正対している感じに見えます。
標準的という言い方が適切かどうか不明ですが、
松本型としてのお手本のようなスタイルで、いいですね。
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岡宮神社は南の深志神社と並んで松本のご城下の鎮守神として
崇敬厚い社であったようですが、現代の佇まいは深志神社とは対照的に
とても静かな境内で、参拝者もゆったり参拝できる空気が漂っていました。
2014.05.10.okamiya25.JPG

(撮影日:2014年5月10日)


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銭湯近くの火の見やぐら [火の見櫓(松本市)]

松本市北深志の火の見やぐら。
2014.05.10.kitahukashi2.JPG
善光寺街道・・・に、正確に言って該当するのかどうか分かってないのですが、
松本のご城下から善光寺方面へと抜ける旧道のような存在の道路脇に立っています。
2014.05.10.kitahukashi1.JPG
松本城の北~北東部に位置する北深志地区の一角。
市街地のご多分に漏れず古い建物がどんどん撤去解体されて
町の様子が変化してきているようではありますが、
それでも昭和~大正・明治を感じさせる民家や商店も散見され、
古きよき城下町の雰囲気がまだ残っているかなという街角。
2014.05.10.kitahukashi3.JPG
2014.05.10.kitahukashi4.JPG
2014.05.10.kitahukashi5.JPG
4脚柱のタワー型なのですが、
どうもずんぐりむっくりという言葉が似合いそうな。

松本市の市街地に残る火の見やぐらとしては
以前エントリーした中央4丁目の火の見やぐらがありますが、
既報のとおり、こちらはカタクラモール再開発の絡みによって
間もなく解体撤去が確定しているやぐらのため、
市街地残存のやぐらとしてこの北深志のものはますます希少性が高くなってきますね。
この子もいつまで生き長らえることができるか、微妙なところではありますが。。。
2014.05.10.kitahukashi6.JPG

(撮影日:2014年5月10日)


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松川インターチェンジ近所の火の見やぐら [火の見櫓(下伊那郡)]

長野県下伊那郡松川町大島の火の見やぐら。
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中央道松川インター入口交差点至近、県道15号沿いに立っています。

建立年は不明ですが銘板が装備されており。
「長野県飯田 岡本鉄工所 製造」
2014.05.04.ooshima5.JPG
以前のエントリー記事で採り上げた、
高森町上市田の火の見やぐらと同じ鉄工所ですね。
プレートのデザインも文字も瓜二つなので、定番プレートなのでしょうが、
やはり右から文字なので、この松川町の子も戦前製作とも推測できます。
もっとも、上市田の子もそうですが、銘板の右書きだけをもって
戦前の製作だと断定するのは早計かもしれませんが。

2014.05.04.ooshima2.JPG
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全体のプロポーションは上市田と似ている様子ですが、
こちらのほうが脚部はワイドですね。
その脚部がトラスでなくブレースで納められている点も上市田と同型で、
岡本鉄工所の定番スタイルであろうことが十分考えられますね。
2014.05.04.ooshima6.JPG

5月の休日一日を使って巡った下伊那・飯田の取材ツアーのレポートは
今回のエントリーでおしまいです。
火の見やぐらに関しては例によってほぼ行き当たりばったりだったので、
脈絡もなく道すがら出会った子達を時系列で掲載しました。
なので出会いも少なかったですが、次行ったときはもうちょっと
事前情報をピックアップしてから進みたいと思います。

(撮影日:2014年5月4日)


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小学校の前に立つ火の見やぐら [火の見櫓(下伊那郡)]

長野県下伊那郡松川町、名子地区の火の見やぐら。
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松川町消防団第1分団消防ポンプ車庫に隣接する
松川町役場至近の県道59号沿いに立ち、
松川中央小学校とは道路を挟んで向かいに在ります。
小学校だけでなく櫓の背後は松川中学校となっていて、
まさに地域の子供たちを見守る存在してあるかのようですね。
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デザインは4脚柱のタワーで、4角形の屋根に8角形の見張り台。
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半鐘は見張り台の屋根中心と踊り場レベルに張り出して装備。
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見張り台には木槌も確認できますが、今でも地域で打刻されているのでしょうか。
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脚部からのプロポーションはいいバランスで絞られていますね。

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製作は駒ヶ根市の山浦鉄工株式会社(現:株式会社ヤマウラ)。
以前エントリーした飯田市内の櫓も同社製でしたが、
やはりデザインはほぼ同一スタイルですね。
同社のスタンダードモデルということなのでしょうか。
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(撮影日:2014年5月4日)


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高森町上市田の火の見やぐら [火の見櫓(下伊那郡)]

長野県下伊那郡高森町上市田、中部の火の見やぐら。
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飯田市街から伊那方面に向かって中央道に並行して走る
県道15号沿いのロータリー的な交差点脇に立っています。

4脚柱タワー型。
梯子は踊り場までが柱脚外部、踊り場から見張り台までは柱脚内部に装備。
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屋根は4角形でかなりとんがり帽子の風体。
半鐘は見張り台センターに1基装備。
屋根も見張り台もけっこう錆が目立ってきています。
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踊り場は一面張り出しバルコニーが設けられていて、
半鐘を吊るしていたであろう竿が確認できますが、
そのものは吊るされていません。
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足元は脚部に根がらみのように横架材が入っており、
リング式ターンバックルのブレースが装着されていますね。
構造的にはもちろん間違いではないのですが、
デザインを考えるとやはり脚部はトラスやアーチなどで
始末をつけて欲しいところです。

建立年代は不明です。
が、装備されている銘板の文字書きが右からなので
昭和20年より以前であることが推測できます。
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「長野県飯田市 岡本鉄工所 製造」
戦前、昭和初期建立の火の見やぐらは少数ながら
各地にその存在が確認されていますが、
戦時中の金属供出という非常事態のなかで無事生き長らえたとすれば
この子もまた貴重な存在の一基であるといえるでしょう。

あるいは仮定の話として、
戦前のやぐらが金属供出で解体されてしまい、戦後になって再建。
解体時に取り外して保管していた初代の銘板を二代目に再び装備した、、、
というのは、まあさすがにちょっと飛躍しすぎた考えですかね。

いや、それよりも単純に同社の銘板は戦後になっても
すべて右から書かれていたというだけだったりして?(それもないか。)

いづれにしても塗装剥離からの錆劣化進行で解体撤去となることが心配ですが、
この先もうまく生き長らえて欲しいところです。

(撮影日:2014年5月4日)


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渦巻の狛犬 [狛犬・寺社(下伊那郡)]

長野県下伊那郡高森町吉田の吉田神社。
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高森町役場付近より北へ車で数分ほど走った吉田地区の一角に鎮座しています。

天文12(1543)年創建。
ご祭神は、誉田別尊、建御名方命。
八幡宮と諏訪大明神を勧請したということのようです。

境内は静かですっきり広々としています。
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拝殿。
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本殿。
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社務所。
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狛犬は拝殿前に一対。
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宝暦2(1752)年建立のもよう。
創建からさほど時を経ずして建立されたということになりますね。
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台座のわりに小ぶりなデザイン
整形の台座はもちろん後世の制作でしょう。
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造形がユニークですね。
阿吽にはなっていますが、表情はおよそ獅子とはかけ離れた鬼面。
しかし鬼の形相ともまた違って、とくに阿形は笑みにもみえます。
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阿吽とも頭に角のようなもの。
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胴体に紋様が入っているのは珍しいことではないですが、
この子のように鬣などがクルクルッと渦巻のように薄彫りされているのを見ると
どうしても唐草模様の風呂敷を思い出してしまいます。
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江戸中期作ですが、素朴なはじめちゃんの類型に入れてもいい子ですね。
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(撮影日:2014年5月4日)


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