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物悲しげな表情には理由がある? [狛犬・寺社(東京都)]

東京都葛飾区、高砂の天祖神社。
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京成本線高砂駅至近に鎮座している神社で、
前エントリー記事に書いたとおり、境内に火の見櫓が立っているのが特徴です。

下町の街路から鳥居をくぐって参道を歩くと、
隣地の公園との境に青面金剛像が。
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そして拝殿前に狛犬が1対居るのですが。
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大正10年(1921)11月建立。
石工:小柴益治。

台座に“東宮殿下御外遊記念”と銘がありました。
大正時代の東宮といえば、もちろん昭和天皇のこと。
聞いたところによると、皇太子時代の同年に半年間かけて
欧州5カ国を歴訪されていたのだそうですね。
それを記念して奉献された狛犬ということのようですが、
外遊記念の建立というのは珍しいですね。
御大典記念というのは時折見かけますけどね。

にしてもこの子達、
表情が穏やかというか、ほんわかしているというか。
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江戸獅子のスタイルですが、顔つきに威厳は感じられません。
優しい表情の子達は他でも見かけるので、それは個性としていいのですが、
ここの子達、とくに吽形の子はどこか悲しげな、切なそうな表情にも見えます。

というのも、この子の正面の様子というのが。。。
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まあ見事に手水舎の屋根が被っておりまして。
そりゃあこれでは狛犬も悲しい顔になろうというものです。

調べたところ、この手水舎の場所にはなにかの木が植えられていたようで、
その当時は樹木の枝葉が邪魔して正面からは殆ど顔も見えない状態だったようです。
そして手水舎は狛犬の後ろ側(拝殿寄り)に建っていたようなのですが、
近年になってなにかの事情で樹木を撤去し、同地に手水舎を移設した模様。
背景の境内地は広々すっきりしただろうと推察しますが、
狛犬にとってはちょっと残念な結果になっちゃってます。

正面からの撮影は、阿形はまあ問題なく出来ますが、
吽形は手水舎の屋根下に潜り込んでやっとこさといった状況。
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手水舎の柱に立てかけてあった、お願いの看板。
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書いている内容はもちろん当然のことでいいんですが、
自分から言わせると、狛犬の配置にもうちょっと気を配ってもらいたいなという思い。
もっとも、こういう類の冷遇(?)はけっこう全国各地で見られる光景なんですけどね。

拝殿。
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本殿。
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ご祭神は天照大神。
通常、お伊勢様を祀る地方の社といえば、神明社とか神明宮なわけですが、
東京エリアは明治初年頃、東京府が府内にあった神明宮などを改称させたことに由来するとか。
今でも都内に神明宮・神明社の名が少ないのはそのためなんだそうですね。

境内社の八雲神社。
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そして稲荷神社。
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砂岩の狐たちは風化が始まってますね。

駅からの近道ルートからの路地から入る境内入口にも鳥居、
そして境内社や石造物が並んでいました。
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しかし、やはりここはこの子達のツーショット、ですね♪
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(撮影日:2014年4月8日)


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