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台座の据え方がユニークな狛犬 [狛犬・寺社(長野市)]

長野市鬼無里日影、白髭神社。
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旧鬼無里村は2005年正月に長野市に合併し、現在は長野市鬼無里。
裾花川の流域と周辺山間部で構成され、中心地付近が盆地になっている以外は
ほとんど平野部のない山里で、冬は特別豪雪地帯にも指定される積雪地帯です。

白髯神社はそんな鬼無里の中心街より白馬村方面へ国道406号を少し走り、
消防署のあるあたりから南へ向かって裾花川を渡ってしばらく走ると到着します。

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参道入口の石段を上がったところ、両脇に狛犬一対。
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建立年は不明。
阿吽が左右反対置きで、向かって左の阿形は子取り、右の吽形は玉取りです。
招き姿で着色目玉のくりっとした可愛い感じの子達ですが、
若干風化が進行している様子で、先行きがちょっと気がかりです。
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台座が特徴的で、中段の四角形の組み合わせを45度振っています。
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安定性にかけるように思えますが、なにか意図があるのか。
上段のほうは下向きの角が面取りされているので、
なにか石工さんなりのこだわりのデザインなのでしょうね。
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山間のこじんまりした神社ですが、
ここの本殿は国重要文化財指定を受けた由緒ある社殿で、
さまざまな伝説が絡んでいる神社とされています。
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ぱっと見はホントに小さな神社なんですが、ウィキペディアにも掲載されているようです。

拝殿、社務所、神楽殿。
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重文の本殿は現在、コンクリート製の鞘堂に囲われているため
通常は拝観することは叶いません。
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雪も多ければ、夏場は湿気もかなり多そうな場所のようですし、
木造の文化財を守るのも一苦労といった感じですね。
でも集落の中心地より一段高い場所にあるので、
狛犬が見守る様子が様になっていてよかったです。
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(撮影日:2012年10月4日)


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屋敷林と一体化する鎮守の森 [狛犬・寺社(安曇野市)]

安曇野市豊科南穂高、重柳の八幡宮。
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重柳地区は安曇野の伝統的な集落景観である屋敷林と本棟造の民家が集中した集落で、
八幡宮はそんな集落景観の中心部に位置しています。
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同社の例大祭では御船が出ますが、
安曇野の御船のなかでもかなり大型のものだそうです。
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ご祭神:誉田別尊
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社号標。
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石尊大権現と御嶽大権現。
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拝殿と本殿。
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一間社流造の本殿は、地元の老人の話によると
穂高神社の本殿払い下げだとのこと。
式年遷宮で20年おきに取り払われる古い本殿は、
安曇野各地の神社へ払い下げられるのが慣例となっています。

ここ重柳の八幡宮に現在建つ本殿もそうだというのですが、
町の資料にはそうした記述がないんですよね。
他の神社で払い下げられている場合はきちんと記載があるのですが。

さらに件の老人が語るには、この八幡宮はもとは神明宮だったとのこと。
いつの頃にか八幡宮に転じたという話なのですが、
ご祭神が変わることはありえる話としても、
その裏づけが取れないことがどうにも胡散臭い。

重柳は地区の端を流れる万水川によって穂高の矢原地区と隣り合っているのですが、
その矢原集落の産土神が神明宮です。
なにか関連があるのか否か、よく分かりませんが。。。

神社そのものはこじんまりとしていて、狛犬は居ませんでしたが、
とてもきれいに整備されていて、氏子さんたちの神社に対する思いが伝わってくるような
清々しい気持ちにさせられる境内でした。
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(撮影日:2011年10月11日)


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覚明像の立つ八幡宮 [狛犬・寺社(安曇野市)]

安曇野市三郷小倉、北小倉地区の八幡宮。
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北小倉集落の産土神で、上手村、中村、下村のみっつのエリアに分かれる北小倉のうち
白山社をもつ中村以外の上手と下の両地域にとっての神様として祀られています。

戦国時代の山城だった「小倉城址」が背後の山に控えており、
その前衛としての集落の端部に鎮座していることから、その関係性が指摘されています。
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鎮守の森が背景の山の緑と溶け込んでいますね。

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ご祭神:誉田別尊(応神天皇)。

広々とした境内は下草もしっかり刈られていてスッキリしています。
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社務所。
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宝蔵。
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神明社。
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馬頭観音像。
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明治17年(1884)建立。
三郷地域では最大の石造馬頭観音像。

秋葉社。
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御嶽座王大権現。
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文化9年(1812)建立。

覚明霊神像。
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覚明は御嶽山の修験道を切り開いた上人で、
ときおりその像碑を見かけます。

拝殿。
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本殿。
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一間社流造。
文化9年(1812)建立の棟札が残されています。

狛犬は居ませんでしたが、落ち着いた静かな神社でした。
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(撮影日:2013年5月8日)


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阿吽が反対のはじめ的明治年間の狛犬 [狛犬・寺社(安曇野市)]

安曇野市豊科南穂高、細萱の細萱洲波神社。
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国道147号線を豊科から穂高へ向かう途中、細萱交差点の一角に立っています。

洲波神社という文字ですが、読んでそのまま「すわ」→「諏訪」となります。
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ご祭神:
建御名方命
事代主命

参道入口の脇に建つ道祖神。
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さらにその傍らに建つ摂社。
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鳥居はなぜうんと背が低いです。
もともと地面がもっと低かったのでしょうかね?

参道をしばらく歩くと一の鳥居。
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その手前にいる一対の狛犬。
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明治26年(1893)9月建立。
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近代の狛犬ですが、デザインは素朴感があり、
やや図体は大きいものの、はじめちゃんの印象もなくはないです。
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阿吽が左右反対に据えられているんですね。
もとは順置きだったのかもしれませんが、
当初からこうであったと主張できる理由と同様、
いづれにも裏づけがないのでなんともいえません。
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参道を歩いた先の境内は国道からかなり奥まった場所に広がっています。
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きれいな神楽殿と旧社務所。
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旧としたのは、社務所はこの取材後に建て直しとなりまして、
画像は在りし日の面影となってしまいました。

新しい社務所はこちら。
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(2014年2月5日撮影。)

拝殿。
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内部は土間になっているようです。
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一間社流造の本殿。
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同社前の国道は車の往来が激しく、自分も車でしか通らない場所なので
いままで立ち寄ることなどなかったのですが、とても静かで清潔な境内には
ゆっくり歩いて立ち寄ってみたい感じがしました。
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(撮影日:2012年10月1日)


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信州で珍しい出雲丹後 [狛犬・寺社(上伊那郡)]

長野県上伊那郡箕輪町、東箕輪の長岡神社。
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伊那谷の最北部、箕輪町の中心エリアから東に走り、
天竜川の十沢橋を渡って長岡地区に入ると、
東のはずれの高台エリアに同社は鎮座しています。

石造の一の鳥居をくぐり、両部鳥居の二の鳥居へ。
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杉などの大木が林立するな社叢。

拝殿の傍らに立つ巨大なハリギリの木は長野県の天然記念物指定です。
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樹齢約三百数十年、幹囲6.5m 樹高30mの古木が立派でした。
(現地の石版の解説はかすれて読みづらかったです。)
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境内の石造物。
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第六天、天照皇大神宮。

拝殿と本殿。
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本殿は覆い屋に囲われています。
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ご祭神は誉田別命。
本殿は町の有形文化財指定。

そして狛犬は石段の手前に居ます。
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昭和11年(1936)9月建立。
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出雲丹後ですが、長野県内では珍しいと思います。
自分が県内で出会ったのがこの子が初めてです。
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阿形の足元には子獅子もいます。
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来待石ですが、昭和初期の作品ということもあり、
風化による目立った損傷もなく、今のところはいい状態のようです。
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(撮影日:2012年9月22日)


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安曇野市柏原の日吉神社の狛犬 [狛犬・寺社(安曇野市)]

安曇野市穂高柏原、倉平の日吉神社。
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前エントリーの下堀諏訪神社から拾ヶ堰沿いに北上すると
約2キロ半ほどの場所に鎮座しています。
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水田の広がるエリアにもっこりとした鎮守の森を柏原地域の産土神。

ご祭神:
大己貴命(大国主命)
玉依姫命
大山咋命
瀧津姫命
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由緒書きでは、
延宝元年(1673)に再建、明治2年(1869)に日吉大社より神霊勧請される、とあります。
再建と勧請の順序が逆のような気もしますが、ご祭神の変更でもあったのかな?
あるいは・・・と、思っていちおう旧穂高町の町誌をひもといてみたところ、
「・・・倉平には産土神の日吉神社があり、そのまま今日に及んでいる。
ただこの宮は慶安年間にはまだ現在地になく、山王権現社の名で拾ヶ堰の上、
現在地「神原」の「宮地」とよばれる地籍にあったという。・・・」
とありました。

慶安年間というと1648年~1651年の間。
ということから勝手に推測するに、上述の延宝元年(1673)に再建とあるのは、
神原から現在の倉下の地に移転した時期ということではなかろうかと思われます。

明治2年の日吉大社よりの神霊勧請の話については
具体的な記述は穂高町誌で読み取ることが出来ませんでしたが、
これまた勝手な推測ながら柏原村の江戸期の村域拡大による
本郷地区と新郷地区との関係が影を落としているような印象を受けます。
事実、同じ柏原地区内でありながら、日吉神社より西のエリア、
かつての新郷地区には八幡宮と諏訪神社が相応の規模で存在しています。
これらの社の存在は本郷に対する新郷の独立意識と、
明治維新による神道の国境かに伴う神社の氏子として所属先を明らかにするという
国策に関連する経緯が存在しているようなのですが、
そうした時代背景から、日吉神社のある本郷の立場としては神霊勧請をもって、
改めて日吉の存在をハッキリさせておく必要があったのではないでしょうか。

いづれにしても神社境内に立つ由緒書きと旧穂高町誌の資料からだけでは
推測の域を出ないので、これ以上は余計なことは書かないことにして、
いつもどおり神社の観察に移りたいと思います。

鎮守の森の一辺に入り込むように境内前の道路が貫通しています。
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その境内と道を挟んだ対面にいろんな石造物。

供養塔。
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御嶽神社。
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筆塚。
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手水舎も道路向かいにあります。
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玉垣に添って水路も走っていますが、
本来の境内は今よりひとまわり広かったのかもしれませんね。
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境内入口の両部鳥居。
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その鳥居の扁額。
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龍の彫刻が立派です。
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狛犬は鳥居前に一対。
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昭和47年秋(9月13日)建立。
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岡崎古代型。
作者は不明ですが、年代的に外国産は考えづらいので、
確かに岡崎市の石工さんによって制作されたものでしょう。

台座には施工店が松本市中央の伊藤石材店と記名があります。
自分は仕事その他のお付き合いで伊藤石材の社長さんとは懇意にさせて頂いており、
じつは昨年末に所用でお店に寄らせて頂いたのですが、その折に
この日吉神社の狛犬奉献当時に撮影した記念写真を拝見させて頂いたのでした。
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中央の額を持っていらっしゃるのが、現社長のお父さん(つまり先代社長)。

で、伊藤石材は狛犬制作の実績も伝統もある石工さんですが、
奉献されたのは岡崎古代。
昭和40年代後半という時期に現代型ではなく古代型にしたという点も含め、
奉献される狛犬がこの子達になったその理由をちょこっと考えてみたのですが、
もしかすると前エントリーの下堀諏訪神社の狛犬を見て、同じものにしよう、
という話になったのかもしれなとか、勝手な推測をしております。

岡崎古代が安曇野では下堀の諏訪神社とこの日吉神社の他に見かけない上、
上述のようにこの二社は比較的近い距離にあり、
拾ヶ堰を下っていくと30分ほど歩くとたどり着く位置関係にあります。
昭和47年ともなれば同じ岡崎でも現代型が大量に出回っている時代で、
事実安曇野市内の他の神社で前後の年代に奉献されたものは
その多くが岡崎現代型となっています。

というわけで、下堀の神社を参考にして決まったのではと推論した訳ですが、
違ってたらゴメンナサイ。。。m(__)m

境内。
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同社を訪れたのは今から2年も前の真冬でしたが、
すっきりと整った境内という印象でした。

宝殿。
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摂社・秋葉社。
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写真左から、鎮ノ宮、戸隠社、八王子社、稲荷社、
琴平社、菅原社、樹ノ下宮、八幡社。
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摂社・弁財天社。
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拝殿。
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御神紋があるわけですが、、、
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二葉葵。
本社である日吉大社が二葉葵なのでそれに準じた形に違いないのですが、
この柏原の日吉神社の御神紋は同じ二葉葵でも
どちらかというと加茂神社(上賀茂神社)のそれに似ているようです。
あまり、神紋については詳しくないのであれですが(^^;

拝殿内部には随神像。
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本殿は一間社流造。
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幣殿(?)から壁(衝立)が延長して新たに設けられていますね。

同社はグーグルマップなどの空撮を見ると社叢が真四角に見えるのですが、
陸地で見ていてもなんとなく四角形なイメージが沸いてきます。
集落から距離をとっていて周囲が開けていることもあって、
ボリューム豊かに見える鎮守の杜ですね。
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(撮影日:2012年1月13日)


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松本型狛犬の北限か? [狛犬・寺社(北安曇郡)]

北安曇郡松川村大仙寺の鈿女神社。
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読み方は「うずめ」です。

国道147号を安曇野から大町市方面へ走る途中、
松川村内北細野駅入口交差点より少し南手前から細い路地を入ったところに鎮座しています。

国道からの道を行くと、心清橋という村有形文化財指定の石橋を渡ります。
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ご祭神:天鈿女命。
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創建は比較的新しく明治年間とのこと。
昭和前期には福利厚生に霊験のある神として「おかめ様」の愛称で親しまれたそうです。
天鈿女命は芸能の神様とも言われていますね。

現在、最寄駅としてJRの大糸線北細野駅がありますが、
昭和5年の駅開業当時は「おかめ前駅」という名前でにぎわったそうです。

で、境内。

一の鳥居?
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二の鳥居?
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一千度石。
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拝殿と本殿。
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鈿女命のだんな様、猿田彦命。
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境内社。
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狛犬は拝殿前に一対。
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昭和4年(1929)10月建立。
石工:田近勝之。
田近氏は松本市の石工で大正~昭和初期頃に
松本市内を中心に数多くの狛犬制作を手がけていました。
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松本型とも評すべき鬣の左右に大きくたなびくデザインが独特ですが、
松本型の多くが松本市内の神社に点在することを考えると、
この鈿女神社の一対はもっとも北にある子達かもしれません。
これより北に同型があるようなら、その情報をお待ちしています。
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ちなみに現在の田近石材本店のHPでは、この田近勝之氏の名前を勝之助と記しています。
鈿女神社に限らず現地の台座に刻まれた名前は勝之とのみ読めるのが多いのですが、
正式には勝之助氏なのでしょうね。
上記のHPには田近石材で制作された狛犬たちが詳しく紹介されています。
松本型の狛犬の一覧といってもいいかもしれない内容ですね(^^)

(撮影日:2012年7月27日)


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安曇野市重柳の火の見櫓 [火の見櫓(安曇野市)]

安曇野市豊科南穂高、重柳の火の見櫓。
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安曇野わさびの中心地、重柳地区。
周囲は屋敷林と本棟造の古い町並みが残る安曇野らしい集落で、
火の見櫓は公民館や大日堂など中心地に立っています。

安曇野エリアでありがちな3脚柱のスタンダードタイプ。
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丸屋根に丸型の見張り台。
半鐘は見張り台に装着されていますが、
梯子の途中にも一基用意されています。

半鐘のところは踊り場というほどではないですが、
いちおう足置場のようなステップはありますね。

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同所は重柳の産土神である八幡宮の秋祭りで使用される“御船”の制作場所になっており、
9月のお祭り日の直前には御船と火の見櫓のツーショットが堪能できます(^^)
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(撮影日:2011年10月11日、2012年6月7日+9月18日)


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