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狛犬のテーマパーク(?)、赤坂の氷川神社 [狛犬・寺社(東京都)]

東京都港区赤坂、氷川神社。
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国会議事堂から1キロちょっと。
中央省庁の並ぶ霞ヶ関からもさほど離れておらず、
周囲は大企業の入る高層ビルが林立し、道路向かいはUSA大使館職員宿舎。
さらに歴史を振り返れば氷川神社は三次藩浅野家の屋敷があったところ。
かの有名な播州赤穂藩主、浅野内匠頭の正室である阿久里(後の瑤泉院)の
生誕した場所であり、「忠臣蔵」の世界では実家に戻っていた瑤泉院を
大石内蔵助が討ち入り直前に訪ねたという物語の誕生した場所としても有名。
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いわゆる「南部坂雪の別れ」の名シーンが創作された舞台というわけですね。
もっとも、この部分は史実の討ち入り事件では存在しないお話のようですが。

大名屋敷だった同地に氷川神社が引っ越してきたのは
八大将軍吉宗の命によるもの。
以来、江戸七氷川の一社として、緑豊かな境内によって
大都会の喧騒とは無縁なオアシス的存在して鎮まっています。

表参道は社殿からまっすぐ南東方向にのびていますが、
狛犬が数多く見られるのは氷川坂側にある脇参道なので、
まずはそちらから。
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参道中ほどに立つ鳥居をくぐる前に、まず一対目。
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鈴しょうわ≒岡崎古代型。
昭和12年(1937)9月建立。
原型:植田淡柳、石匠:長田弘。

阿吽が左右逆に座っています。
そして向かって右になる吽形の顔に傍らの木の幹がゴツンと。
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これ、以前の写真を見ると頭上をかすめて後方へと伸びていたようです。
それがいつの間にか頭のてっぺんに乗っかってしまい、
やむなく頭頂部で切り取ってしまったようなのですが。。。
頭より手前で切らずにぶつかったままの状態を留めたのには
なにか理由があるのでしょうか?
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・・・ウケ狙い?

参道を進むと、階段手前に次の一対。
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大正4年(1915)11月建立。御大典記念。
彫刻、須藤音吉。
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さほど古い年代ではなく彫りもそんなに深くはないですが、
江戸狛犬の特徴がよく出ています。

この子たちの右傍らに立つ、四合稲荷神社。
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狐たちは大正5年(1916)9月建立。
由緒によれば、近隣に祀られていた四つの稲荷社を明治31年に遷座合祀し、
当時赤坂在住だった勝海舟が四合(しあわせ)神社と名付けたらしいです。

この御稲荷さんに隣接して、またべつのお稲荷さん。
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西行稲荷。

訪問取材日が雨だったせいもありますが、
奥まったこの場所はなんとなくジメッとして薄暗くて。
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社の下部にある洞穴の手前には布袋さまの石像。
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そして社まで上る参道の途中、両脇に風化してしまった狛犬が一対いました。
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ほぼ原型を留めていませんが、それでも狛犬だったことは理解できる姿です。
建立年は不明。

石段を上りきると、左右に立派な獅子山があります。
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明治15年(1882)6月15日建立。
石彫工:木村藤兵衛(?)。
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獅子山のお手本のような、見事な出来です。
山そのものにボリュームがあり、阿吽ともに躍動感があります。

子獅子は吽形に一頭、阿形に二頭。
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子獅子は目立たないので、それとして観察しないと見過ごしてしまいそうです。
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表参道と合流してすぐに一対の江戸狛犬。
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弘化3年(1846)丙午歳3月吉日建立。
江戸狛犬の代表格といっていいと思います。
子獅子は阿吽ともに両方いますね。
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裏書きには年代と並んで人の名前が彫られてあるのですが、
阿形:安兵衛、吽形:勘兵衛のそれぞれの肩書きとして“大工”と
彫られています。
大工が材木用の鑿から石用のものに持ち替えて制作したのか、
だとすれば本職でないにもかかわらず相当な技量だといえるのですが、
実際はどうなんでしょうね?
それぞれ兄大工、弟大工とあるので、奉献した人物ではないのか
とも思うのですが。。。

そしてこれだけ立派な狛犬なのに残念なのは、阿形の前に立てられた案内看板。
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この写真だとちょっとわかりづらいのですが、参道右側面に立つ看板、
そのすぐ背後にいるのが阿形なんですが。
まあ、由緒ある神社の素晴らしい石造彫刻品であってもこんなもんです。
狛犬の置かれた現代事情がよく分かりますね。

拝殿へと向かう途中、楼門の手前に一対。
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延宝3年(1675)6月吉日建立。
現時点では東京都内で2番目に古い石造参道狛犬になるそうです。
(最も古いのは目黒不動尊の狛犬。後日別途記事をエントリーします。)
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はじめちゃんの類型ですが、はじめのなかでは比較的大きめ。
シンプルで小型ながらも力強さが感じられる、いい彫りだと思います。
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頭頂部が窪んでいますが、江戸初期~中期にかけての作品では
しばし見られるデザインですね。
明かりを点すための燭台代わりにして使っていたのだとか、
角や宝珠を後付けしやすいようにしつらえてあるのだとか、
いろいろ説が出されていますが、自分は灯明説支持派です。

それにしても、憎めないひょうきんな表情をしていますね。
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2013.06.16.hikawa49.JPG

狛犬は他に境内社の稲荷神社前にも一対。
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文政8年(1825)6月建立。

縦置きで据えられていますが、阿吽が左右逆。
頭の振り方などからして、かつて横置きだったものを縦置きにした際に
左右反転させたのであろうことが容易に分かります。
よくあるパターンですね。

本殿を取り囲む玉垣の中に前掛けをした一対の狐さんたちもいました。
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狛犬研究家には有名な赤坂の氷川神社。
いつか訪ねてみたいと思っていましたが、ようやく実現しました。
ちょうど自分の訪問時と前後する形で、同社の狛犬たちが
TV番組にて紹介されていました。
(BS日テレ『中川翔子のマニア☆まにある』。
ゲストに版画家で狛犬研究を趣味とする小松美羽さんを迎えて放送。)

番組でもバリエーションに富んだ狛犬たちの魅力が紹介されていましたが、
狛犬のテーマパークといっても差し支えない(かな?)ほどのここ氷川神社。
狛犬愛好家もしくは研究家もしくはマニアにとって、
まちがいなく聖地のひとつですかね。
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氷川神社(赤坂)HP

(撮影日:2013年6月16日)


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三井家守護の神社 [狛犬・寺社(東京都)]

東京都墨田区向島、三囲(みめぐり)神社。
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かの三井家が江戸中期より守護社と定めた神社として有名。

ご祭神は倉稲魂命ということで、まあ早い話がお稲荷さんなわけですが、
由緒書きによれば、弘法大師が祀ったという田中稲荷がはじまりとのこと。
中世、文和年間(1352~56)に近江国三井寺の僧、源慶が社を改築した折、
土中から白狐にまたがる老翁の像を発見。そのとき、像の周りを
どこからともなく現れた白狐が三度回って消え去ったという縁起があり、
そのことから同社を「三囲」と名前が変えられたそうです。
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上の絵は江戸名所図会に載っている、三囲神社の様子。
手前側に隅田川の流があり、境内の右側が表参道のようです。

三井家が同社を守護社と定めたのは、なによりその名前によるらしく。
同社の場所が三井の本拠地である本町から見て鬼門に位置すること、
また三井の「井」の字を□で囲っていることで、三井を守ると考えられたことから。
現在も三井グループ各社総務部によって三囲会というものが組織され、
定期的に祭事を執り行っているそうです。
また三井グループの三越百貨店では、本支店に同社の祭神が
分祀されているのだそうです。

御神紋でしょうか。
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稲をあしらった稲荷神社の神紋に三井の三の文字を組み込んだ感じ。

そして境内の様子。
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鳥居をくぐり抜けると、まず目に入るのは一対の狛犬。
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延享2年(1745)5月22日建立。
石工:和泉屋太郎芥。

江戸の町で狛犬奉献が盛んになりはじめてきた時期だと思いますが、
それでも1700年代半ばとなればけっこう古い部類に属しますね。
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特徴的なのは、爪先が5本指で制作されていること。
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自分がこれまで見てきたなかで5本指の狛犬は安曇野の伍社宮だけなので、
これで二例目になりました。

この参道狛犬の吽形の背後に、ライオンのブロンズ像が据えられています。
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三井といえば三越。
三越といえば正面玄関に据えられた一対のライオン像。
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同社にいる像はかつて三越池袋店に据えられていたものですが、
同店が閉店することになったことから、三越にも所縁のある同社に
移譲することになったそうです。

ちなみにこちらは日本橋にある三越本店。
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やっぱりライオンは威風堂々たる姿をしています。
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ちなみにこの本店のライオンは大正3年(1914)に設置。
ということは来年がライオン鎮座100周年なんですね。
だからどうしたといわれても、まああれですが・・・。

神社に戻り、こちら。
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御稲荷さんですから当然ながら狐さんもいます。
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とくにこの子はタレ目で表情が柔和。
稲荷の狐は目つきの鋭いきつい表情の子が多いので、
こういう子達に出会うとホッとします。

拝殿の脇へ回り込むと、たくさんの鳥居とともに稲荷社が祀られています。
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こちらにも大勢の狐たちがいますが、拝殿前の子に比べて
ジメッとした薄暗い場所に座らされているので、
どうしても表情がスネオになってしまうそうです。(←ウソ)

摂社の大國神と恵比寿神。
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その社殿前にいる狛犬一対。
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延宝7年(1679)建立。
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阿形の顔の一部に欠損のあるのが残念ですが、
江戸初期~中期頃の作として、年代の古さの割には
全体としてきれいなまま残されているのではと感じました。

そしてそして。
三囲神社を有名にしている理由のひとつが、こちら。
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そう、三柱鳥居。
今年4月に取材した木嶋坐天照御魂神社(木嶋神社)に立つ三柱鳥居。
↓  ↓  ↓
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そちらのほうが本家本元ということで、こちらの鳥居前にも
その旨を告知する立て札がありました。
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木嶋神社は池の中心に立っていましたが、
こちらは井戸を囲むようにして立っています。
それはまさに「囲」ということで、
“三柱で井を囲う(守る)”ということなのでしょうね。

同社には「顕名霊社」という三井家当主を祀った社があるのですが、
雨中の取材のことで気が焦っていて撮影を忘れてしまいました。
珍しいデザインの狛犬がいるらしかったのですが、
またいつかの機会に持越しです。

別の場所へ移動しようと同社に背を向け歩き始めると、
最近出来たという世界一高い火の見櫓がすぐ傍にデンと構えていましたwww。
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(撮影日:2013年6月16日)


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立派な獅子山をもつ神田の氏神様 [狛犬・寺社(東京都)]

東京都千代田区外神田、神田明神。
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社伝によれば、天平2年(730)に現在の千代田区大手町にある
将門塚の付近に創建されたのが始まりとのこと。
江戸開府に際して江戸城の鬼門に位置する同地に移転がなされ
以降は神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内など108の町々の総氏神様として、
また幕府に重きを置かれたことから江戸総鎮守とも言われるようになりました。
明治期に入ってからは正式名称を神田神社と称したそうです。

とまあ、江戸に幕府が出来るよりはるか昔より存在した由緒ある古社ですが、
近年ではAKB48のメンバーが成人式を行う神社として、
若い人たちの知名度も上がってきているようですね。
「むかし将門いまAKB」といったところでしょうか。

御祭神
一ノ宮:大己貴命
二ノ宮:少彦名命
三ノ宮:平将門命

隋神門は昭和50年に昭和天皇即位50年記念として総檜造で建立。
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立派ですね。
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両サイドにいる狛犬。

境内一角に立つ、だいこく様尊像。
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同社HPによれば石造の大国様としては日本一の大きさとのこと。

御防講(おふせぎこう)の記念碑。
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江戸の町火消し「いろは47組」は神田が「い組」なんだそうな。

社務所と社殿。
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関東大震災で被害を受けた江戸時代建立の旧社殿は
伊東忠太・大江新太郎・佐藤功一といった近代神社建築・都市建築を
代表する建築家により設計がなされ、昭和9年(1934)再建。
鉄骨鉄筋コンクリート造ですが、柱間を狭めるなど
木造に近いデザインが配慮されています。
非木造ということで東京大空襲にも生き残り、
平成15年には国登録有形文化財となりました。
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そしてその正面には有名な狛犬が一対。
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昭和8年(1933)5月建立。
原型 池田勇八
石材 酒井八右衛門
石匠 野村保太郎

原型の池田勇八は明治から昭和にかけて活躍した彫刻家。
動物彫刻に長け、とくに「馬の勇八」とも呼ばれるほど馬を扱った作品で
名を馳せることになった人物ですが、その勇八デザインの狛犬がこちら。
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そしてこれを彫り上げたのが野村保太郎。
屋号「保泉」の名で知られており、野村保泉の名義で
作品に名が刻まれていることが多いです。

酒井八右衛門は「井亀泉(せいきせん)」という屋号を持ちますが、
「廣群鶴(こうぐんかく)」「窪世祥(くぼせしょう)」と並び
江戸三大石匠と呼ばれた名石工で、野村保泉はその流れを汲む石匠です。

ちなみに安曇野の狛犬ファン(?)にとって野村保泉となれば
穂高神社の参道にいる昭和15年制作の狛犬がすぐに思い浮かぶところですが、
地元では原型制作の彫刻家、小川体系のほうが有名なので
彫り師としての保泉の名が殆ど知られていないのは残念です。
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この神田明神のものは獅子というより犬に近い造形ですね。
大型で力強さ溢れる彫りで、自分はけっこう好きな子達です。

そして同社には社殿に向かって右側の境内一角に、巨大な獅子山があります。
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獅子山も台座に乗る狛犬同様、参道の両脇に
一対のかたちで設けられるのが通常ですが、ここのは一山のみ。
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もともとは同社でも一対の獅子山が参道脇に存在していたのですが、
関東大震災の折に損壊し、子獅子を紛失。
その後親獅子一対のみが保管されてきました。
平成時代に入り、今上天皇即位記念として平成2年(1990)、獅子山を復興。
新たに子獅子も制作し、現在の場所に奉献されました。
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こういう形の一山の獅子山を見るのは自分は初めてです。
しかも山には滝のように水が流されています。
参道の両脇にあって神域を邪悪なものから守護するという
獅子狛犬の本来から少しずれていると取れなくもないですが、
芸術的視点から見ればこういうのも悪くないですね。

境内には多くの摂社があり、
そこにも幾対もの狛犬たちがいました。

魚河岸水神社。
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昭和12年9月建立の岡崎現代型。

小舟町八雲神社。
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文化6年(1809)5月建立、昭和7年(1932)9月再建。
このふたつの年代の存在の意味するところは不明ですが、
もしかするとこれもまた関東大震災で被災したのかもしれないですね。
再建年が本殿の再建と近いことから、もしかするとこの子たちは
旧社殿前に居た子たちなのかもという想像も膨らむのですが、
こちらの写真を見る限りでは、ビミョーに違うような感じもします。
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在りし日の旧社殿の前に狛犬の居る様子が伺えますが、
ちょっと判りづらく、なんともいえないですね。。。

籠祖神社の狛犬。
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昭和36年(1961)建立。
「青山 石勝」の銘がありますが、本体は岡崎現代型。
江戸時代から続く老舗の石工ですが、この頃になると
もはや自主制作はしていなかったのでしょうか。

摂社には狐さんたちもたくさんいました。
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目つきの鋭い(こわい)子もけっこういたりして。。。

あと、境内の一角にはこんな石碑もありました。
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銭形平次の碑。
江戸を代表する岡っ引きの親分である平次が
神田明神下にある長屋に暮らし、この界隈を中心に活躍していたことから、
昭和45年に記念碑が建てられました。
石碑の台座部分は銭形平次の象徴、寛永通寳があしらわれています。
いちおう念のため書いておきますが、銭形平次はあくまで架空の人物です。。。

最後に脇参道のように位置する男坂を下り、
この日は境内をあとにしました。
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表参道から来るとピンときませんが、
こうしてみると神田明神が界隈の高台に位置していることがよく分かります。
昔は江戸湾まで見通せたことからこの場所に灯台が設置されていたことも
あったそうですね。

江戸の町は坂の町。坂道好きにはたまらない町ですね。

神田明神公式HP

(撮影日:2013年6月16日)


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多くの御霊が祀られる神社の四対 [狛犬・寺社(東京都)]

東京都千代田区九段北、靖国神社。
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明治2年(1869)に東京招魂社として創建され、
以来戊辰戦争の西軍戦没者から太平洋戦争戦没者まで
246万余柱が祀られています。

神社界にあっては歴史のとても新しい神社ではあるのですが、
いわゆる靖国問題という事情もあって、日本のみならず
世界的にも有名な神社として世に知られている、、、といった感じですね。

そして、靖国といえば大鳥居が有名。
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昭和47年建立。
柱間19.56m、高さ25m、笠木長さ34.13m
由緒書きによれば日本一の大きい鳥居だとのこと。
自分はてっきり平安神宮の大鳥居が一番かと思っていましたが、
調べてみると柱間高さ笠木のいづれもビミョーに靖国のほうが長いor高い。
平安神宮のほうが昭和4年建立ということからも、なんとなく
“これを上回る大きさで・・・”という裏シナリオの存在をつい勘繰ってしまいます。
大正10年に建立された先代の鳥居も当時日本一だったそうですが。。。
(10/14追記:新潟県の弥彦神社にある大鳥居が現在では日本一だそうです。)

九段下の駅から表参道に向かうとまず一般の参拝者としては
この巨大な一の鳥居がまず目に付いてしまうわけですが、
狛犬ファンにとってはそんなこと(?)よりも、やはりこの子たちに目が行きます。
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昭和41年(1966)11月3日建立。
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俗に言う、招魂社系の籠神社型として括られる狛犬一対。
靖国神社にいるのに招魂社系なんていうのも変な括りですが。

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この狛犬、制作の過程に紆余曲折があるようで、
狛犬研究家やファンが開設している幾つかのウェブサイトで
その件が取り上げられています。

本体ベースにある「昭和四十一年秋 八柳恭次 作」という名前と、
台座に彫られた「石工 小澤映二」の名前。

こういう場合、原型作者と彫り師という関係に落ち着くパターンが
ノーマルなわけですが、この一対についてはどうもそうではないらしい。
が、それをここで書き始めると長い話になるほど背景が面倒っぽいので、
気になる方は狛研の分家サイト「狛犬の杜別館」に詳細がありますから、
興味あるかたはそちらをどうぞ。
(リンク許可取ってないので、、、上記サイト内の
「狛犬アラカルト」のページからリンクを辿ってみてください。。。)

続きます。
この籠神社型の狛犬のすぐ背後に次の一対。
2013.06.16.yasukuni8.JPG2013.06.16.yasukuni9.JPG
これまた典型的な中国獅子。

大清光緒2年=明治9年(1876)。
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まぎれもなく中国で制作された獅子像。
上記の制作年で判る通り、これはもともと清国の狛犬で
海城三覚寺という寺に鎮座していたものだそうですが、
日清戦争後、明治の重鎮である山県有朋が命じて
その寺より(スマートにいえば)譲り受けて日本に移送し、明治天皇に献上。
天皇はこれを靖国神社に下賜されたという経緯によってここに鎮座したそうです。
(「靖国神社百年誌資料編」に拠る)

譲り受けたというのがどの程度のレベルだったのかは判りかねますが、
戦争当事国同士、終戦直後のまだ緊張が解けていない時期、
友好的な親善大使の様相で贈られたものとは考え難く、
やはりこれはある種の戦利品の性格が強かったと考えるのが
妥当ではなかろうかとも思いますが、それ以上はノーコメント。。。

長い、そして広い参道を歩く途中に立つ塔。
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てっぺんに立つのは、大村益次郎の銅像。
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明治26年(1893)建立で、日本初の西洋式銅像なんだそうな。
大村益次郎は明治維新の十傑で、靖国神社(当時の招魂社)創建に尽力し
社地決定に奔走した貢献者ということが銅像建立の理由のようですが、
今までぜんぜん知りませんでした。

そしてこの大村像の脇にある鳥居の足元にも一対の狛犬。
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昭和8年(1933)建立。

かの片倉財閥の一族によって奉献されたとのこと。
背後の鳥居も同時期に片倉財閥がスポンサーになって建てられたらしいです。

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招魂社系のひとつのパターンである弥彦神社型に類するタイプで、
その弥彦神社狛犬のデザインを担当したのは建築家、伊東忠太。
この靖国の狛犬と鳥居の建立では伊東忠太が監督を務めたそうなので、
伊東デザインによる狛犬と考えるのが自然であろうと思いますが、
この狛犬にも制作過程に伝説的要素がどうやら混じっているらしく、
某書によればユニークな説も示されているそうです。
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さてさて、長い参道を先へ進むとようやく神門にたどり着き、
そこをくぐるとようやく拝殿が目の前に見えてきました。
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この日はずっと雨降りの取材だったので、あまりじっくり撮影できず。
大陸系の旅行者の団体さんが賑やかに参拝、、、ではなく見物していました。
なにかと話題の神社ですから、せっかく東京まで来たなら見学を、
ということなのでしょうかね。

そして、狛犬、最後の一対。
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昭和38年(1963)1月建立。
井関農機の奉献だそうです。
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ブロンズ製で、これまた招魂社系の類型のひとつである
大宝神社型のデザインベースですね。
吽形に角があるのが忠実です。

これで東大寺型の狛犬が居れば招魂社系そろい踏みとなりますが、
弥彦神社型もどちらかというと東大寺型に近いものがあるので、
靖国神社にはひと通り勢ぞろいしていると言っても差し支えないでしょう。

それにしても、靖国神社はいろいろ物議をかもしている神社ではありますが、
そこに鎮座する狛犬さんたちも、いろいろクセ者揃いといった感じで、
ある意味狛犬研究をする者として突っ込み甲斐のある子たちともいえるでしょうね。
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靖国神社公式HP

(撮影日:2013年6月16日)


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飯山にもいた中国獅子 [狛犬・寺社(飯山市)]

飯山市戸狩、長峰神社。
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当初この神社に立ち寄る予定はなくて、
戸狩交差点近くの火の見櫓を取材後、
たまたま通りかかったところでこの神社を発見。
普段ならそのままスルーすることも少なくないのですが、
この時はなぜか何かに惹かれるような感じで、気づくと鳥居をくぐっていたという。

引き込まれた要因は、、、もしかしてこの子たちか?
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平成24年、9月建立。
そう、どこからどう眺めても中国獅子のそれです。

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建立されてまだ一年も経たない、真新しい中国獅子一対。
平成時代に全国各地で奉献される狛犬の大半は中国製といわれますが、
その殆どは岡崎現代型を模した(?)デザインなっているので、
中国獅子が中国のデザインそのままに日本の神社に据えられるのは珍しく、
しかも片田舎のローカルな神社ともなれば相当珍しい出来事といえるでしょう。

2013.06.09.nagamine6.JPG2013.06.09.nagamine7.JPG
2013.06.09.nagamine10.JPG
何ゆえ?と思いながら見てみると、
台座にはこの獅子像の建立年とは別に、
「昭和18年9月」の文字が彫られているのが分かりました。

おそらく先代になにかしらの不具合が出てしまったか何かで
新たにこの獅子像を用意して据え替えたのだろうと考えたのですが、
その後あらためてインターネットを通じて調査を進めてみると、
詳しい経緯の分かる情報がヒットしました。

戸狩地区の方がまとめた記録集のようなもののPDF版で、
それによると、昭和18年奉献の狛犬は確かに実在し、
平成24年冬まではしっかり健在だったようです。
が、同冬の大雪の影響で傍らに立つスギの大木の枝が折れ、
吽形の狛犬が大破してしまったらしく、
同じく大雪にて甚大な被害を受けた二の鳥居の再建と併せて、
狛犬のほうも新たに建立することになった模様。

被害は吽形のみで、阿形は幸い無傷だったのですが、
吽形だけ取り替えるのはおかしいだろうというわけで、
阿吽一対ごっそり新たに奉献しなおすことになったそうです。

今回の新しい中国獅子を奉献された方は
昭和18年の狛犬を奉献された方と同じ家の方だそうです。
およそ70年の時を経て、昭和と平成で同家から続けて奉献されたわけで、
氏神さまに対する氏子としての深い御気持ちが伝わってくるようです。

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で、日本の狛犬ではなくどうして中国獅子になってしまったのかという疑問。
その答えは件の資料にも一切記述がないので背景は分かりませんが、
資料でこの狛犬を“狛犬”ではなく“唐獅子”と表現していたことが気になりました。

章のタイトルとしては「唐獅子(狛犬)」とあるのですが、
本文や挿絵の注釈ではすべて「唐獅子」の文字で統一をはかっています。
これが、この資料編纂を担当された方の個人的な表現の拘りに過ぎないのか、
あるいは同社氏子たちの間で日頃から“唐獅子”という表現がなされていたのか。
その辺の背景事情はよく分かりませんが、仮に同神社氏子衆の日常用語として
狛犬のことを普段から唐獅子と呼んでいて、今回新たに狛犬を奉献しなおす際に、
石屋さんに対して唐獅子として制作を依頼し、それがどこかで転じて
唐獅子→中国獅子という形になってしまったのではないだろうかと、
そんなふうに推測したりもしてしまいます。

しかも資料に掲載されている先代狛犬の写真を拝見すると、そのデザインは
多少個性的ではあるものの、まさに日本的な狛犬の姿そのものでしたから、
先代も中国獅子だったから今回も、という図式は成り立ちようがありません。

もちろんこれらは裏付けを取っていない、私個人の勝手な推測です。
しかしながら信州の片田舎の、地域以外の人には知られていないような
ローカルな氏神様の杜に、日本の狛犬ではなく中国型の獅子を据えるというのは
裏事情が分からない段階ではどうにも合点がいかないので、
どうしてもこういう推測と結論を出してみたくもなります。

ところで資料の最後に先代の狛犬のその後について記されていました。
破壊されてしまった吽形は石屋さんに修復をしてもらい、
いまは阿吽揃って同市内某所にて役目を果たしているのだそうです。
機会を見つけて、この先代さんにもぜひお会いしたいものです。
そして中国獅子設置の謎(?)についての疑問も解消できればいいなと思います。

2013.06.09.nagamine12.JPG2013.06.09.nagamine13.JPG
中国獅子に気をとられてその他の写真がほとんどないですが、
こちらはいちおう拝殿と本殿です。

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(6月の飯山・十日町シリーズは終了です。)

(撮影日:2013年6月9日)


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彫りの甘い岡崎現代型 [狛犬・寺社(飯山市)]

飯山市照岡、名立神社。
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このエントリーの火の見櫓の近所。
飯山市立岡山小学校の傍らを参道が伸びていまして。

先に、拝殿と本殿。
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なんとなく、雰囲気で雪国仕様なのかなという印象。
拝殿は舞台を兼ねているような造りですね。

情報を検索すると、同社の秋祭りはけっこう見応えがありそうな
良い雰囲気の伝統が守られているようですね。
例大祭は市の無形文化財にも指定されているそうです。


で、狛犬は二の鳥居をくぐった先に、岡崎現代型。
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平成10年7月建立。

いかにも平成時代的な彫り。
阿形は玉取りなんですが、残念なのは
玉の後ろ半分の彫りがないこと。
2013.06.09.nadachi8.JPG

機械彫りでしているから、細かい芸が裏側まで届かないということなのか?
技量うんぬんというより、単に制作側の予算の都合なんでしょうかね。
狛犬を奉献される氏子さんたちの真摯な思いに、
せめてそういう部分だけでもそつなく応えてもらいたいと思った次第。

平成生まれの岡崎はふだん軽くスルーすることが多いのですが、
この玉のアバウトな彫り方だけは取り上げたくてアップさせて頂きました。

(撮影日:2013年6月9日)


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への字口の狛犬 [狛犬・寺社(下水内郡)]

下水内郡栄村、北信の健森田神社。
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栄村役場から国道を少し飯山方面に戻り、
信号のない交差点を山側に折れてすぐの場所。
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最近境内の改修工事でも行われたのか、
地面が新しい土で覆われていました。

狛犬は拝殿前に一対。
2013.06.09.morita3.JPG

口をへの字にした表情が特徴的。
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っていうか、これは阿吽が通常と左右が反対ですね。
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拝殿、向拝の木鼻にある彫刻もいい感じです。
2013.06.09.morita8.JPG
(撮影日:2013年6月9日)


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風化しつつも凛々しい狛犬 [狛犬・寺社(新潟県)]

新潟県南魚沼郡津南町、灰雨地区の十二社。
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ずっと十二社系の神社ばかり続きますが、
たまたま立ち寄った道端の神社がそうなのだから仕方がないっす。

十日町方面から国道117号を南下すると、
灰雨のスノーシェッドを越えてすぐの道路脇に鎮座しています。
2013.06.09.haiame2.JPG
境内と呼べるほどの敷地もほとんどない小さな社ですが、
狛犬さんが一対、しっかり鎮座していました。
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昭和3年建立。

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2013.06.09.haiame9.JPG
風化が進んでいる状態ですが、
それでも表情はまだしっかり確認できます。

自然石を活用した台座が傾いているのが、ちょっとこの先不安です。
2013.06.09.haiame3.JPG2013.06.09.haiame4.JPG

境内には石造物も整列。
2013.06.09.haiame10.JPG
いい狛犬さんとの出会いでした。

(撮影日:2013年6月9日)


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幣束相合傘の道祖神 [狛犬・寺社(新潟県)]

新潟県十日町市、荒屋の十二社。
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十二社はほんとうにこの界隈でよく見かけます。

国道沿いの境内はこじんまりですが、よく整備されています。
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拝殿前の狛犬は岡崎現代型。
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台座に建立年記載があるのですが、ハッキリしません。
うっすら文字の様子と本体のデザインからして、たぶん昭和初期かな?

舟形の台座が珍しいですね。
2013.06.09.araya5.JPG

境内の石造物群。
2013.06.09.araya6.JPG

幣束の相合傘をした双体道祖神が目を引きます。
2013.06.09.araya7.JPG
安曇野では見かけないタイプですが、
中越地方では他にもあるようで、検索をかけるとあっけなくヒットしました。

人に言わせると股間に手を伸ばしているように見えるらしく、
「股間をうかがう性神」という括りもされる場合があるそうな。

生殖の神とも言われる道祖神ですから、まあ不思議ではないですが。

(撮影日:2013年6月9日)


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墓石のような石碑が並んでました [狛犬・寺社(新潟県)]

新潟県十日町市、芋沢の二社神社。
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少し前のエントリー記事、芋沢の火の見櫓から
奥に進んだ先に鎮座する神社です。

こじんまりした村の鎮守といった趣きで、
境内の裏手に回ると信濃川の流れが一望できます。
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参道脇にひっそり佇む双体道祖神。
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拝殿。
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境内の隅には年代を感じさせる石造物が並んでいました。
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墓石のような二十三夜塔。
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青面金剛像はけっこう古そうです。
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狛犬さんは居ませんでした。

(撮影日:2013年6月9日)


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