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若一王子神社にある廃仏毀釈の生き証仏 [狛犬・寺社(大町市)]

前回エントリーに引き続き、大町市の若一王子神社。
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同社は神仏習合の名残が色濃い神社であることは過去にも触れましたが、
鳥居と並立する三重塔と並んで代表格なのが、こちらの観音堂。
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宝永7年(1706)に建立された観音堂は
茅葺きの屋根が特徴的で、現在は県宝に指定されています。
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そのご本尊は十一面観音さま。
同社HPによれば、
「昔から火不見(ひみず)の観音様といわれ火災除けの霊験あらたか」
と記されていますが、
かつては火の難に見舞われた悲しい歴史もあるのでした。

こちら、
伝十一面観音菩薩立像残闕(けつ)。
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火災に遭遇したようにも見える、痛々しい仏像さま。
頭部がなく、腹部はその大半が焼け落ちてしまっています。

桧の寄木造り。
平安時代後期の制作と推定される、旧ご本尊ですが、
明治初年の神仏判然令に端を発した廃仏毀釈騒動の被害に見舞われ、
誰かによって故意に焼かれたものと伝わっています。
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手元の資料によればその詳細には諸説あるようで、
狂人によって焼かれたという説や、
廃仏毀釈から寺を守る為にやむなく焼かれたという説、
仏像の腹部に金が埋め込まれていると信じた者が焼いて、
その後その者は病で間もなく死亡したなどという説、などなど。

無残な姿に変貌してしまった後、
しばらくは境内の三重塔に放置されていたようですが、
近年になって運び出され、同時に信徒が保管していた化仏とともに
十一面観音像としてあらためて観音堂に安置されることになったのでした。
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現在は堂内の厨子の傍らに安置され、静かにその余生(?)を過ごしつつ、
私たちに歴史の真実を今に伝えています。
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現在のご本尊は堂中心の厨子に十一面観音御正体が納められていますが、
この厨子はもともと旧本尊の十一面観音立像が納められていたものです。
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厨子は通常垂木が現しに作られることが多いと思うのですが、
ここでは軒裏に化粧が施された板張りで仕上げられています。
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蛙股の装飾がユニークで、正面はエビとカメ、
そして正面向って右側面の蛙股はカニが、
向って左側面の蛙股にはタコが、それぞれ彫られています。
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亀などはともかく、カニとタコというのは珍しいような気がします。

堂正面の向拝上部、蛙股には麒麟の彫り物。
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表側の写真を撮り忘れてしまいましたが、
向拝を裏側から見ることはあまりないので、これはこれで貴重かも。

背面にある一対の手挟(たばさみ)の四面にはそれぞれ
孔雀、迦陵頻迦(かりょうびんが)、天女、鳳凰が彫られているのが特徴。
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鳳凰とか天女は他でも見たことありますが、
迦陵頻迦の彫り物なんて自分は初めて拝みます。
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っていうか、迦陵頻迦ってなにっ?
(迦陵頻迦とは?・・・上半身が人で、下半身が鳥の姿をした想像上の生物。
極楽浄土に住むといわれる……らしい。)

若一王子神社。
信仰の長い歴史から感じられる凛とした空気感もそうですが、
建築物や彫刻の豊かな遺産など文化的見どころもたくさんある
おすすめの素敵な聖地だと思います。

(撮影日:2013年5月14日)


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