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八幡様はやっぱり鳩が似合います? [狛犬・寺社(京都府)]

京都市左京区上高野三宅町、三宅八幡神社。
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出町柳から叡山電鉄に乗り、比叡山もしくは鞍馬へ向かう途中、
郊外の殆ど山裾にあたる場所に建っています。

由緒書きによると、
推古天皇の時代、小野妹子が遣隋使として筑紫のあたりを過ぎるとき、
病を患ったので宇佐八幡に祈願を込めたところ直ちに平癒したので、
帰朝後、宇佐八幡を勧請したのがこの神社の創建になるそうです。

ご祭神は応神天皇=八幡大神。
もとは別の場所に建立された後、備後三郎三宅高徳なる武将が
同地に移り住んで八幡神を祀ったところから、三宅八幡宮の名で
のちのち呼ばれるようになったそうです。

そして参道の脇に、でんっと構える大楠公の銅像。
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大楠公、、、そう、南朝きっての武将、楠正成公。
悪人扱いされることもしばしばですが、自分はそうは思いません。
以下、割愛。。。

と、そんな歴史薀蓄はほどほどにしておいて、
神社の参道に控える一対の、、、
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ハト。
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その昔、石清水八幡宮が宇佐神宮より八幡神を勧請した際、
白い鳩が道案内をしたという言い伝えがあり、
以来八幡宮では鳩を神使としたということで、
同社でも対の鳩が参詣者を迎えてくれています。
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阿吽にはなっていませんが、向かって左は足を折り畳んだ姿勢、
向かって右は立っている姿になっています。
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いちおう、といっては叱られますが、
ちゃんと守護獣としての狛犬さんもいます。
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市川団十郎の井桁。
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といっても、現代の団十郎ではなく明治時代、九代目市川団十郎のこと。
明治23年に寄付したもので、正面に団十郎の家紋、三枡紋が入っています。

神楽殿と拝殿。
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そして拝殿前にも狛犬さんが一対いるのですが、、、
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なぜか檻に放り込まれてしまってます。
なにか悪さでもしたんでしょうかね?

とにかく、同社は鳩さんですね。
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画像は子供の守り神「神鳩(しんはと)」。
お宮参りの際に土製のつがいの鳩を受け取り、
無事に成長したらお礼参りで返しに来るということで。
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なんとなく、わらべうたの「とおりゃんせ」を思い出しますが、
ここの鳩返しでもやはり“行きはよいよい帰りはこわい~♪”なんでしょうかね?

三宅八幡神社公式HP

(撮影日:2013年4月7日)


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逆立ちした備前焼 [狛犬・寺社(京都府)]

京都市左京区吉田下大路町、宗忠神社。
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黒住教の教組、黒住宗忠を祀る神社だそうですが、、、

それより狛犬ファンに注目なのはこちら。
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備前焼は、まあたまに見かけます。
逆立ち狛犬も、まあ地方によっては珍しくなかったりします。

しかし、、、
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備前焼の逆立ちというのはついぞ見たことがありません。
他の神社であるようならぜひ情報をください。見たいです(^^)

陶器の狛犬といえば備前がもっともポピュラーで、
それは蹲踞型が普通なわけですが、
ここの逆立型って、どのような経緯で制作されたのか。
黒住教の本部が岡山県にあることから備前焼狛犬が奉献されたというのは
じゅうぶん推測できる可能性ではあるのですが、それにしてもなんで逆立ち??
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とにかく、珍しい一品。
狛犬愛好家なら一見の価値ありです。
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(撮影日:2013年4月7日)


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ウサギが神使の東天王 [狛犬・寺社(京都府)]

京都市左京区岡崎東天王町、岡崎神社。
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神社創建は延暦13年(794)の桓武天皇による平安京遷都に遡り、
王城鎮護のため四方に祀られた社のうちのひとつとされています。
陽いずる東の方位にあたることから、東天王と称されました。

で、この王城東の地一帯が野兎の生息地だったということ、
方位として東が卯であることなど、氏神の神使が兎となりまして、
現在の同社はウサギの神社として名を馳せているようで。。。

ただ、そうは言ってもしっかり狛犬さんも奉納されています。
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大正7年建立。

能舞台と神楽殿・・・というか、ステージ?
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拝殿前、石段下と建物際に狛犬さんが各一対。
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拝殿に近いほうの一対、体格もいいですが顔もデカイ。
よくテレビに出る某芸人さんに似ている気がしなくもないですが。。。

さて、本編のウサギさんです。

拝殿前に立つ石造ウサギ。
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まだ新しく、平成23年(2011)卯歳1月吉日。
干支の卯年を記念して建てられたということでしょうかね。
氏子奉納ではなく宮司名なので、神社主体の奉献だったようです。
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ちゃんと阿吽になっていて、表情も穏やかで可愛らしいです。
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拝殿の縁側には金運と縁結びの招き兎がいて、
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提灯も兎の模様が施されています。
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兎柄の施しといえば、前出の狛犬の台座にも
兎が彫られているんですよね。
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画像はちょっと分かりにくいですが、確かにいました。

手水舎にも兎さん。
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黒御影製で、子授け兎と言われています。
“月を仰ぎ体に力を満たしたうさぎであり、水を掛けてお腹を擦り祈願すると、
子宝に恵まれ安産になると信仰を集めている。”(by公式HP)

あと、摂社の雨社に神殿狛犬がいました。
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岡崎神社公式HP

(撮影日:2013年4月7日)


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猿も鳶もいる神社は可愛い鼠さんが人気 [狛犬・寺社(京都府)]

左京区鹿ヶ谷宮ノ前町、大豊神社。
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前エントリーの若王子神社側から哲学の路をそぞろ歩くと、
程近い場所で大豊神社の参道と交差します。
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哲学の路から神社とは逆向きに少し下りたところに一の鳥居。
そして狛犬。。。
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昭和7年建立……たぶん。

なにわ型の最終段階といっていいのか、
吽形にある角はもはや角ともいえないほどの小粒ですな。

ふたたび哲学の路に出て、路を横切って東側へ。
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参道途中に二対目の狛犬。
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昭和10年7月25日建立……たぶん。

吽形がコンパネに囲われているのは
背後の敷地が住宅工事中で、破損防止のための柵のようです。

そしてさらに進むと、三対目の狛犬。
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昭和53年9月26日建立。
これははっきり年号が読めました。

台座の彫りは細かいですが、本体がちょい淡白な印象。
でも尾はしっかり京うちわで仕上げられています。

ようやく境内。
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本殿に向かう石段の両脇にも狛犬、四対目。
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整った、いい姿かたちです。

本殿。
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奉納された狛犬も多いですが、
同社を有名にしているのは狛犬の数ではなくてですね、、、

まず、摂社の稲荷社にいる狐たち。
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お花飾りが可愛いですが、目がちょっときつい子たちです。
でもお稲荷さんの狐は神使の世界ではもっともポピュラーで
あまりに見慣れすぎていますね。

ということで、、、

日吉社の前にいる、猿。
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山王信仰、山王権現にお仕えする猿は
日吉系の神社に行くとよく見かけますが、
それでも稲荷の狐に比べれば、あちこちで見かけるというほどではなく、
また狐に比べて猿像はバリエーションがあるので見ていて楽しいです。
ここのお猿さんも独特で、能楽の「三番叟」を踊ってます。

で、お次、、、

その日吉社と並んで立つ愛宕社の前にいるのが、鳶。
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愛宕神社の神使といえば、創建者の和気清麻呂に所縁のある猪が通例。
が、同社では“愛宕山の天狗がかぶる鳶帽子から、鳶を神使として像を建てた”
ということになっているそうで。

猿と鳶はそれぞれ一体のみで、彼らが対になって二社を守っている構図ですね。
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にしても曇天で木陰に立つ御社だったので、撮った写真はほとんどピンボケ。
社の写真はやむなくフラッシュをたいたのですが、
神域でなるべくフラッシュは使いたくないので、、、
撮影技術、向上させなくては。。。

そして大豊神社でもっとも有名なのが、この子たち、、、
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大国社の前にちょこんといる、可愛い鼠たち。

誰がのせたか、髪飾りの椿の花がお似合い。
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可愛い髪飾りですが、もともとの表情や仕草も愛らしいです。
ちゃんと阿吽にもなっていて、
右側の阿形は「学問」を表す巻物を、
左側の吽形は「豊穣、薬効、子宝」などを表す水玉を抱えています。
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大国さまは鼠さんが神使となっていますが、
鼠の像がこうして据えられるのは決して多くはありません。
そういうこともあって、大豊神社の鼠はけっこう有名なんだそうです。

ちなみに椿の花ですが、
ここ大豊神社は京都でも指折りの椿の名所だそうですね。
後になってから知りました。

なんにしても大豊神社。
神使のバリエーションが豊かな神社ですね。
蛇までいる始末ですし。。。
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(撮影日:2013年4月7日)


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恵比寿様のいる京都三熊野のひとつ [狛犬・寺社(京都府)]

京都市左京区若王子町、熊野若王子神社。
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すぐ傍に立つ永観堂(禅林寺)の守護神として
後白河法皇熊野より勧請されたのだそうです。

参道にかかる石造のご神橋は明暦2年(1656)の寄進。
画像右側に立つのが、ご神木のナギの木で、樹齢は推定400年以上。
古来、熊野参詣や伊勢参詣では禊の木として用いられたと
由緒書きにはあります。

取材に訪れた日はどうやら神社のお祭り日だったらしく、
境内は大きなテントが張り巡らされて氏子さんたちの準備も慌しく、
落ち着いて撮影をすることが出来ませんでした。
なので、狛犬さんの写真だけ、何点か。
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本殿前の京うちわ。
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昭和12年(1937)寄進。

本殿にいた神殿狛犬。
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暗くてピンボケ。。。

本殿に向かって左側に恵比寿様がいらっしゃいました。
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恵比寿様を守護する狛犬たち。
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こちらもピンボケです。
っていうか、恵比寿様ちょっと不気味。。。

今回は三脚を持っておらず、屋外でも暗い天気だったため
シャッターが遅い画像が多くてピンボケで苦労しました。
もとよりカメラは素人なので、上手な撮り方がよくわかってなくて…orz

ちなみに若王子神社の入口付近は哲学の路の起点。
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大勢の観光客が“若王子に参ることもなく”哲学の路散策に訪れていました。

(撮影日:2013年4月7日)


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東海道の出入り口に建つ粟田神社 [狛犬・寺社(京都府)]

京都市東山区、粟田口の粟田神社。
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知恩院の北、都ホテル京都の西、という位置関係。
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三条通に面したところに一の鳥居が立っていますが、
三条通よりひとつ南側の通りが昔の東海道や東山道で、
粟田神社のある粟田口という地域は、その出入り口にあたるのだそうです。
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ここから旅を始める人は粟田神社に立ち寄り、
旅の安全を祈願してから旅立ったと、同社の由緒は記しています。

ご祭神はスサノオノミコトとオオムナチノミコト。

二の鳥居を抜けたところでまず一対目の狛犬。
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明治40年1月吉祥日、産子出征軍人為紀念建立。
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阿形は胸元の剥離が目立ち、
吽形は角有りの浪速型ですが、玉持ちなのが特徴。

参道の石段途中に、二対目の狛犬。
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昭和17年10月神事、建立。
吽形の台座に「皇紀二千六百二年」と記されています。
もちろん紀元と西暦の組み合わせは合っているのですが、
昭和15年建立で皇紀2600年と記されているのはよく見かけるのに対し、
昭和17年でというのは珍しいですね。

この二対目のすぐ傍らにはご神馬。
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石段を上りきると、こじんまりした高台の境内が広がり、
平安神宮の大鳥居をすぐそこに望むことができます。
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神楽殿があるのは普通の光景ですが、
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ここにはさらに能舞台が。
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拝殿と本殿。
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その拝殿前に、三対目の狛犬。
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玉の首飾りのような鬣が特徴的ですね。
尾のデザインも印象的です。
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あと、境内摂社の稲荷社前の狐さん一対。
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巻物と宝珠(?)を加えています。

取材時は他に誰も参詣者は居ませんでしたが、
毎年10月に行われる粟田祭という例大祭はとても盛大のようで、
大勢の参詣者で賑わうそうですよ。

(撮影日:2013年4月7日)


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若一王子神社にある廃仏毀釈の生き証仏 [狛犬・寺社(大町市)]

前回エントリーに引き続き、大町市の若一王子神社。
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同社は神仏習合の名残が色濃い神社であることは過去にも触れましたが、
鳥居と並立する三重塔と並んで代表格なのが、こちらの観音堂。
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宝永7年(1706)に建立された観音堂は
茅葺きの屋根が特徴的で、現在は県宝に指定されています。
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そのご本尊は十一面観音さま。
同社HPによれば、
「昔から火不見(ひみず)の観音様といわれ火災除けの霊験あらたか」
と記されていますが、
かつては火の難に見舞われた悲しい歴史もあるのでした。

こちら、
伝十一面観音菩薩立像残闕(けつ)。
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火災に遭遇したようにも見える、痛々しい仏像さま。
頭部がなく、腹部はその大半が焼け落ちてしまっています。

桧の寄木造り。
平安時代後期の制作と推定される、旧ご本尊ですが、
明治初年の神仏判然令に端を発した廃仏毀釈騒動の被害に見舞われ、
誰かによって故意に焼かれたものと伝わっています。
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手元の資料によればその詳細には諸説あるようで、
狂人によって焼かれたという説や、
廃仏毀釈から寺を守る為にやむなく焼かれたという説、
仏像の腹部に金が埋め込まれていると信じた者が焼いて、
その後その者は病で間もなく死亡したなどという説、などなど。

無残な姿に変貌してしまった後、
しばらくは境内の三重塔に放置されていたようですが、
近年になって運び出され、同時に信徒が保管していた化仏とともに
十一面観音像としてあらためて観音堂に安置されることになったのでした。
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現在は堂内の厨子の傍らに安置され、静かにその余生(?)を過ごしつつ、
私たちに歴史の真実を今に伝えています。
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現在のご本尊は堂中心の厨子に十一面観音御正体が納められていますが、
この厨子はもともと旧本尊の十一面観音立像が納められていたものです。
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厨子は通常垂木が現しに作られることが多いと思うのですが、
ここでは軒裏に化粧が施された板張りで仕上げられています。
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蛙股の装飾がユニークで、正面はエビとカメ、
そして正面向って右側面の蛙股はカニが、
向って左側面の蛙股にはタコが、それぞれ彫られています。
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亀などはともかく、カニとタコというのは珍しいような気がします。

堂正面の向拝上部、蛙股には麒麟の彫り物。
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表側の写真を撮り忘れてしまいましたが、
向拝を裏側から見ることはあまりないので、これはこれで貴重かも。

背面にある一対の手挟(たばさみ)の四面にはそれぞれ
孔雀、迦陵頻迦(かりょうびんが)、天女、鳳凰が彫られているのが特徴。
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鳳凰とか天女は他でも見たことありますが、
迦陵頻迦の彫り物なんて自分は初めて拝みます。
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っていうか、迦陵頻迦ってなにっ?
(迦陵頻迦とは?・・・上半身が人で、下半身が鳥の姿をした想像上の生物。
極楽浄土に住むといわれる……らしい。)

若一王子神社。
信仰の長い歴史から感じられる凛とした空気感もそうですが、
建築物や彫刻の豊かな遺産など文化的見どころもたくさんある
おすすめの素敵な聖地だと思います。

(撮影日:2013年5月14日)


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若一王子神社の神殿狛犬 [狛犬・寺社(大町市)]

大町市、若一王子神社。
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神仏習合の名残を色濃く残す同社は
以前にも一度このブログで取り上げたことがあります

岡崎現代型の初期モデル的な参道狛犬のほか、
ここには本殿の縁側に鎮座する木造の神殿狛犬が一対います。

拝殿の脇へ回り込めば本殿そのものはなんとか拝観できるのですが、
狛犬さんは縁側の欄干が邪魔して下半分がほとんど見えない状態。
2013.02.10.nyakuichi15.JPG2013.02.10.nyakuichi16.JPG
上の2枚は一昨年に板塀の外側から撮影したもの。
横顔を見る限りではいい造りをしているように見受けられるので、
なんとか全体像を拝むことが出来ないものかとずっと思っていました。

そして・・・・・・じつはこのたび、本殿に上がらせて頂いて、
狛犬さんと間近に対面することが、なんと叶ってしまいまして。

若一王子の宮司さんには地鎮祭などでいつも大変お世話になっており、
以前から「狛犬が見たいんですぅ♪」とラブコールをしていたのですがwww、
つい先日にお会いした際に再アタックしたところ、
「じゃあ、今度おいでよ」と、わがままを受け入れて頂けることになった次第。

もうっ、瞳キラキラ状態で、ソッコーでやって来ましたよO(≧∇≦)O(☆。☆)d(゚∀゚)b

社務所から観音堂経由で拝殿へ。
(観音堂も取材しましたが、それはまたのちほど。)
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観音堂の裏手から本殿方面を望むとこんな感じ。
ここからでは狛犬さんの全貌どころか表情もよく分かりません。

拝殿内。
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拝殿から幣殿へと繋がる渡り廊下の扉は、
伊勢神宮の第60回式年遷宮(昭和48年)の折に贈与を受けたもの。
拝殿そのものがその機に新築され、旧拝殿が現在の幣殿となっています。

そしてその扉の上部には龍の彫り物。
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幣殿と拝殿を繋げる際に幣殿=旧拝殿に付していた龍が
屋根の都合もあって現在の位置に移設されたもの。
いま見ると顔が真正面で真下を見下ろす格好でついていますが、
本来はもっと右のほうへ全体的に角度をつけて据えられ、
顔は斜めになって眼下の人々を睨む構図が正しいのだそうです。
ここに移設する際、あれやこれやでこのようになってしまったらしいのですが、
その辺の経緯は、まあ割愛しておきます。。。

幣殿。
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本殿へとつながる扉は開放されていましたが、
御簾が下げられているので正面からはまだ本殿は拝みにくい状態です。
その扉の彫刻。
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素朴ですが両面彫りの優れた作品。

下の画像。ちょっとわかりづらいですが、鶴の背後に竹の彫りが3本見えます。
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本当は4本あったところをどこかの悪者が本殿に忍び込もうとして
1本破壊してしまったのだそうです。
神をも恐れぬ不届き者ですな(‐_‐♯

さあ、いよいよ本殿。
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そして、改めまして、、、若一王子神社の神殿狛犬さんです.。゚+.(・∀・)゚+.゚
2013.05.14.nyakuichi20.JPG2013.05.14.nyakuichi21.JPG
建立年は不明ですが、国重文にも指定されている本殿が
江戸初期の承応3年(1656)に大改修を受けているため、
そのタイミングで新たに制作されたか、あるいはそれ以前からあったものなのか、
案内して頂いた宮司さんの話によると、はっきりとしていないのだそうです。

横置き型なのですが、首を90度かそれ以上に横に振っています。
2013.05.14.nyakuichi15.JPG2013.05.14.nyakuichi10.JPG
縁側の欄干、とくに親柱のボリュームが比較的大きいせいか、
あえて目線を親柱から逸らした方向に向けているのかもしれず、
また親柱よりも前に持ち出すと、本殿の扉を開閉する際に
邪魔になりかねないということで、現在の位置で今の格好になったのかも。
そう考えると、制作して据え置かれた最初の頃から
現在のポジションだったのかなという想像が膨らみます。
2013.05.14.nyakuichi16.JPG2013.05.14.nyakuichi11.JPG
2013.05.14.nyakuichi17.JPG2013.05.14.nyakuichi12.JPG
いづれにしても、可愛い子たちです。

これまで塀の外側から横顔だけしか拝めませんでしたが、
想像していた通り、正面から見ると愛嬌のある優しい表情をしていました。
2013.05.14.nyakuichi22.JPG2013.05.14.nyakuichi23.JPG
左右できちんと阿吽になっています。
素朴ですが、彫りは深くてしっかりと丁寧になされています。
類型としては阿吽ともに角もなく、髪型やひげの様子などは
江戸狛犬の特徴をよく捉えているのですが、
一方で渦巻状の鬣などの様子は浪速(畿内)型の典型例ですし、
東西狛犬の折衷案で制作が進められたのかもと、
勝手な想像も膨らんだりしています。

全体の彩色はなくて木地のままですが、目玉と口だけは塗られていますね。
関西でよく見かける神殿狛犬は明るい彩色のものが多いのですが、
こういう素朴なもののほうが落ち着いていて好みです。
2013.05.14.nyakuichi13.JPG2013.05.14.nyakuichi18.JPG
2013.05.14.nyakuichi14.JPG2013.05.14.nyakuichi19.JPG
背面や頭頂部などを見ると、虫食いを含めて
けっこう痛みの出ている部分も見受けられますが、
ひどく腐朽しているというふうではなさそうなのでひと安心。
神殿狛犬をこういう角度から拝観できる機会など滅多にないので貴重です。

子獅子で愛嬌のある子はいましたし、
面白おかしいという類の親獅子もけっこう見てきましたが、
子獅子ではない狛犬の、しかも神殿に居る子達で
ここまで愛くるしい表情の子との出会いは自分は初めて。
2013.05.14.nyakuichi24.JPG2013.05.14.nyakuichi25.JPG
重文の神殿に足を踏み入れられたことも貴重な体験でしたし、
この子達と間近で対面できる機会を設けていただいた宮司さんに
あらためて謝意を送りたいと思います。

若一王子神社公式HP

(撮影日:2013年5月14日)


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運慶作の神殿狛犬 [狛犬・寺社(京都府)]

京都市東山区清水、清水寺境内に建つ「地主神社」。
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“じぬし”ではなく正しくは“じしゅ”。

狛犬のいる仁王門から境内を奥へ進み、
2013.04.07.jishu1.JPG
寺の拝観経路を辿って本堂の舞台に立ち、
2013.04.07.jishu2.JPG
そしてその少し先にあるのが地主神社。

神仏判然令以降、寺と神社は分離されましたが、
寺の奥にあるため神社だけ参拝したいと言っても
清水寺のための拝観料を支払わないと行き着くことが叶いません。

ちなみに前エントリーで記事にした仁王門前の中国獅子狛犬ですが、
2013.04.06.kiyomizu4.JPG2013.04.06.kiyomizu5.JPG
同エントリーに記載したとおり、この狛犬一対は厳密に言えば
清水寺ではなく地主神社に属するのだそうです。
ネットの多数サイトに記載があるのですが、寺神社とも公式には
この件についての記載が見当たりません。
どなたか裏付け情報を持っていればぜひ。。。

で、神社のこと。
創建年は不明ですが、社伝によれば神代まで遡るとか、
とんでもないことが記されているようで。

ご祭神は大国主命。
ほか、ミコトの父ちゃん母ちゃんに加え、
母方のじいちゃんとばあちゃんも併せてご祭神。
詳しくは神社の公式HPを。

ミコトと仲良しのウサギさんのツーショット。
2013.04.07.jishu4.JPG
なんというべきか、ウサギの姿がシュールで。。。
2013.04.07.jishu12.JPG

大国主命で分かるとおり、ここは縁結びの神様。
るるぶやまっぷるにも大きく取り上げられるほど、
けっこう有名な縁結びスポットとして有名のようです。

境内には恋占いの石なるものもあり、
近年の研究によればこの石は縄文時代の遺物とのこと。
とにかく、歴史が深い神社ということのようですね。
2013.04.07.jishu5.JPG

が、まだ神社の営業時間外だったようで、
ご利益のあるお守りは頂けなかったですが、
代わりに頂いたのは運慶作と伝えられている神殿狛犬一対の写真。
2013.04.07.jishu6.JPG2013.04.07.jishu7.JPG
すみません、思いっきりピンボケです。
2013.04.07.jishu8.JPG2013.04.07.jishu9.JPG
公式HPによれば建仁2年(1202)の制作とのこと。

世界遺産にも登録されている寛永10年(1633)に徳川家光が再建した
国重文指定の社殿全体の写真も撮り忘れ。
なにを慌ててたんだか。。。

早朝の人出の少ない時間帯を見越して出向いたのですが、
やはり営業時間内に行かないと
地主神社そのものとの縁が結ばれないようです。
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(撮影日:2013年4月7日)


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清水寺の東大寺型狛犬 [狛犬・寺社(京都府)]

京都市東山区清水、音羽山清水寺。
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京都のみならず、日本を代表する寺院として世界遺産にも登録され、
拝観者=観光客が大勢訪れる、あまりにもメジャーな名刹。

寺についてあらためて解説するまでもないので、
詳しい縁起については同寺の公式HPをご参照いただくとして、
ここで取り上げるのはやはり・・・

2013.04.06.kiyomizu2.JPG
狛犬、というより中国獅子。
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仁王門前に鎮座するこの狛犬一対は、
東大寺南大門に据えられている獅子像のコピー。
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『ガイドブック清水寺』(横山正幸、1996)によれば、
「・・・もとは金銅製で、大阪市平野町の竹原友三郎氏が、
明治末年(一九一一)に寄進された高さ一・五メートル、
重さ一〇〇〇キログラム強の阿・吽の狛犬であったが、
太平洋戦争のため昭和十七年に供出させられた。・・・・・・
・・・こうした経緯で、現在の石の狛犬が、すぐ昭和十九年に
信者組織の清水寺普門会が向かって右(南)側を、
音羽婦人会が左(北)側を再建・寄進されたのである。
良慶和上の発案で、東大寺南大門裏側の開口両狛犬がモデルになっている・・・。」
とあります。
2013.04.06.kiyomizu9.JPG2013.04.06.kiyomizu8.JPG
2013.04.06.kiyomizu10.JPG
この狛犬一対が建立される経緯として、ほぼ定説のような感じで
狛犬研究家や熱心なファンなどに採用されている話ではあるのですが、
それでもネットなどを検索すると微妙に内容のずれた説が
けっこうあちこちで取り上げられていたりするようなので、
細かな話ですが敢えて転載させていただきました。

2013.04.06.kiyomizu6.JPG2013.04.06.kiyomizu7.JPG
それにしてもこの狛犬たち。
一部では清水寺の七不思議などと取り上げられていることもあるようで。
つまり、日本の狛犬は口の開閉の違いがある阿吽のスタイルで
一対とするのが普通なのに、ここの狛犬は左右とも口が開いている。
これは大変珍しい、なぜだっ?
ということらしいのですが・・・。

この一対は東大寺南大門型のコピーである点、
その東大寺のものは宋人によって作られた純然たる中国獅子である点、
そして中国獅子は古今問わず一対二体とも口を開いたデザインが一般的である点、
それらを踏まえると、清水寺の彼らが二体揃って口を開けていたところで
なんら不思議ではないと、自分などは思うのですけどね。
2013.01.29.toudaiji5.JPG2013.01.29.toudaiji4.JPG
(上の2枚は東大寺南大門のオリジナル。)

むしろ中国獅子が左右ともに口を開いたデザインで、
日本で阿吽のスタイルが独自に発達した時代背景や技術の進化など、
そっちのほうがむしろ歴史のミステリーとして個人的には興味が引かれます。
2013.04.06.kiyomizu11.JPG
2013.04.06.kiyomizu12.JPG2013.04.06.kiyomizu13.JPG

ただ、現地で観光客を引率するバスガイドさんなどは
この左右ともに口を開いた狛犬の“なぜ?”に対する回答として
「せっかくお参りに来たのだから、口を閉じて怒ったような顔でお参りするよりも、
大きく口を開けて笑ったような顔でお参りしたほうがご利益があるから・・・」
というような解説をすることがあるのだそうですが、
観光で訪れた大勢の人に楽しく見学してもらうには
こうしたユニークな説明も大いにありかなと。
実際、和上や信者さんは、そうした思いを込めて奉献したのかもしれませんし。

ちなみに上にリンクを張った清水寺の公式HPにある狛犬の紹介文に、
「・・・明治時代に寄進される折、東大寺南大門にある狛犬をモデルにして
造られたことによります。 また、お釈迦さまの教えを大声で世に知らしめて
いるともいわれています。」
とあります。

お釈迦様のくだりはともかく、前半の文章はいささか不正確のようですね。
明治期に寄進されたという先代の狛犬は、現在のものとは似ても似つかぬデザインで、
その話は、各地の狛犬について鋭い考察を展開しているliondogさんのHP
狛犬について私が知っている2,3の事柄」に詳しく論じられています。
他にも読み物として楽しい記事ばかりですので、
興味あるかたは一読をおすすめします。

あ、最後にひとつ。
この仁王門前の狛犬。
清水寺の入口にあるので寺のものかと思われがちですが、
正確には寺内にある地主神社所有になるらしいです。
地主神社については次のエントリーで紹介予定。。。

(撮影日:2013年4月6日)


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