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秋の高山祭の元締め [狛犬・寺社(岐阜県)]

前回と今回のエントリーは飛騨高山。
もうかれこれ一年前の現地調査の記事なのですが、
パソコンのフォルダに画像を眠らせたままなのも落ち着かないので、
時間をみつけて狛犬も火の見櫓も少しずつ過去に調査したものを
アップして行こうと思います。
とくに火の見櫓は明日をも知れぬ境遇ですからね。
実際、ある調査を終えた火の見櫓がその後ひと月も経たぬうちに
解体撤去の憂き目にあったものもありますし。
遠出したとき撮影して記事にしていないものは
まだ残っているのかどうかの確認が取れないと、
気軽にアップするわけにも行かなくて。。。

前置きが長くなりました。
本題に入ります。

岐阜県高山市、桜町の桜山八幡宮。
2013.02.25.sakurayama19.JPG
秋の高山祭はこの八幡宮の例大祭として有名です。
ちなみに春の高山祭の同市内の日枝神社の例大祭ですね。

その高山祭で繰り出す屋台の常設展示をしていることでも有名で、
祭り当日でなくても屋台の見学は楽しむことができます。
年3回の入れ替えで計11台の屋台と1台の神輿を展示するのだそうで、
自分はこれまで4回以上はこの屋台会館に入っているはずなのですが、
そのたびどの屋台を観たか覚えていないので、
ひと通り目にしたのか同じものを見ているのか、さっぱり分かっておりません。
(同じ季節に行けば同じものを目にすることになるんでしょうかね?)
2013.02.25.sakurayama3.JPG2013.02.25.sakurayama1.JPG
2013.02.25.sakurayama4.JPG2013.02.25.sakurayama2.JPG
2013.02.25.sakurayama5.JPG2013.02.25.sakurayama6.JPG
ということで、ここは屋台があまりに有名な見学コースなので、
その他境内の画像はあまり撮っていません。

本殿へと続く石段。
2013.02.25.sakurayama7.JPG
拝殿。
2013.02.25.sakurayama10.JPG
末社の琴平神社。
2013.02.25.sakurayama11.JPG
稲荷神社。
2013.02.25.sakurayama12.JPG
狐さんは小ぶりな正統派のつくりです。
2013.02.25.sakurayama13.JPG2013.02.25.sakurayama14.JPG

狛犬は3対いますが、すべて鈴しょうわ。
正面の石段を上りきったところの鈴しょうわ。
2013.02.25.sakurayama8.JPG2013.02.25.sakurayama9.JPG
ちゃんと男のシンボルが付いています。
鈴しょうわはこれがそなわっているパターンが多い気がします。

秋葉社の長い石段の上り口にいる鈴しょうわ。
2013.02.25.sakurayama15.JPG2013.02.25.sakurayama16.JPG
昭和29年9月建立。

あと1対は表参道の境内入口あたりに鎮座。
2013.02.25.sakurayama17.JPG2013.02.25.sakurayama18.JPG
皇紀2600年(昭和15年/1940)建立。
彫刻:岡崎市 成瀬大吉。
岡崎の名石工として名を馳せた成瀬大吉氏の作品は
けっこう全国あちこちに建立されているようです。
相当な数を彫られたのでしょうね。

(撮影日:2012年3月18日)


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国登録有形文化財の木造火の見櫓 [火の見櫓(岐阜県)]

ほぼ一年前の取材・・・
岐阜県高山市、本町の山桜神社。
2013.02.24.yamazakura1.JPG
、、、という出だしでこのブログに記事を載せれば、
普通なら狛犬ネタになるところなのですが、
今回はさにあらず。

こちら、火の見櫓。
2013.02.24.yamazakura10.JPG
2013.02.24.yamazakura9.JPG
高山市街地内に鎮まる神社の社殿に隣接する建物の上に建っています。
見たまんま木造です。今となっては貴重な存在で、
平成19年(2007)に国の登録有形文化財になっています。
2013.02.24.yamazakura2.JPG
歴史をひもとくと、そもそも山桜神社は山桜という江戸期に実在した馬を
ご祭神として祀っている神社です。
江戸初期の高山城主・金森頼直の愛馬として飼われていた折、
江戸で明暦の大火(振袖火事)に遭遇。
藩の江戸屋敷が炎に包まれるなか、山桜は江戸城の百間堀を飛び越えて
主君を助けたのだということです。

山桜はその功績で晩年は高山市街に厩舎をあてがわれ、
死後は火葬されて手厚く葬られたとのこと。
神社はその山桜を馬頭様として祀り、
火伏せの神様として高山の人に崇められ今日に至っているそうです。

火の見櫓は馬頭組という町の火消し組より
嘉永7年に建設願いが出されて建てられたものと伝わっています。
2013.02.24.yamazakura5.JPG
2013.02.24.yamazakura6.JPG2013.02.24.yamazakura7.JPG
当時は別の場所にあったそうで、明治5年の火災でいったんは焼失。
その後、新たに再建され、昭和7年に現参道付近に移転。
さらに昭和11年(1936)に社地拡大社殿改修の折に現在地へ移転、
現在に至っています。

高さ約7mで内部は三層構造。
写真では識別できませんが、望楼のガラス窓の内側には
明治11年(1878)の銘が入った半鐘が吊るされているそうで、
焼失後の再建もこの年代ではないかと推測されています。

まちなかに存在する木造の火の見櫓として
江戸時代の名残りを感じさせるものではあるのですが、
まちなか故に建物の密集地域で全体像が掴みづらく、
贅沢な話ですが火の見ヤグラーとしてはじれったさの残る櫓でもあります。
2013.02.24.yamazakura8.JPG
2013.02.24.yamazakura11.JPG
あ、ちなみに神社の狛犬はこちら。
いちおう紹介しておきます。
2013.02.24.yamazakura3.JPG2013.02.24.yamazakura4.JPG
岡崎現代型でした。。。

(撮影日:2012年3月18日)


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