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スリムな火の見櫓は常念岳がお似合い [火の見櫓(安曇野市)]

安曇野市豊科上鳥羽の火の見櫓。
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かりんとうの蔵久へと向かう上鳥羽交差点を、
その蔵久と反対の西向きに入ってすぐ、小路の傍らに立っています。

すぐ近くには市の史跡、鳥羽館跡が。
2013.03.08.kamitoba8.JPG
かつての鳥羽郷の開発拠点としての館があったところで、
現在は空堀に囲まれた小さな森になっています。

その鳥羽館跡から西側を望むと
ちょうど火の見櫓と常念岳のツーショットのいいアングルに。
2013.03.08.kamitoba2.JPG
安曇野市内で常念岳を背景に取り込める火の見櫓は他にもありますが、
この上鳥羽の火の見櫓はプロポーションがよいので絵になりますね。
近年再塗装が施されたか、櫓全体が日の光を受けて輝いています。
2013.03.08.kamitoba9.JPG
強いて難点をいえば、櫓と常念岳の間にある電線の存在でしょうか。

足元に道祖神はじめ石造物がセットで整っているのはお馴染みですね。
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屋根と見張り台はシンプルな構成。
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照明灯とホース干しのアングルが附属していますが、
スピーカーと無線アンテナがないだけ良しというところ。

この程度の高さになれば踊り場は標準仕様ともいえますが、
この火の見櫓にはそれが存在しません。
2013.03.08.kamitoba3.JPG
そのぶん梯子は地上から見張り台まで一気に上がらねばならず、
櫓内の昇降ですが、ちょっと緊張感は高いでしょうね。

製造はこのあたりではよく手がけている高山造機。
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昭和34年12月25日とあります。
クリスマスに建立したのには、なにか意味があるのかな?
クリスマスツリーよろしく、記念に点灯したとか?

アーチを含めた足元のデザインバランスがいまいちなのが残念。
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でも火の見櫓と常念岳を同時に捉えたビューポイントとしては
おすすめのひとつです。

(撮影日:2013年3月6日)


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山の神様は争いごとが嫌い [狛犬・寺社(安曇野市)]

安曇野市明科、矢の沢の山の神社。
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長峰山へ東側山麓より入山するルート上にある山間集落の氏神様。

矢の沢集落自体は戸数も現在では一桁になっているようで、
氏子さんたちも社殿や祭典の維持管理は大変ではないかと察します。

そんな現状なので鳥居の修復も並大抵でないのはよく分かります。
2013.02.26.yanosawa2.JPG
目の錯覚では、ないですよね?

明科町時代の保存木だった栂の古木。
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安曇野市のHPを見ると、市の天然記念物には指定されていないようで、
いまどういう扱いになっているのかは不明。。。

神楽殿。
2013.02.26.yanosawa4.JPG
本殿以外の建物は昭和期の建築ということですが、
であれば基礎の構造その他から昭和初期ということになりますかね。

拝殿。
2013.02.26.yanosawa5.JPG
この神社はなぜか鈴を鳴らすのは禁止らしく、鈴の姿がありません。
まあそれ自体は他の神社でもない場合が多いので
別にどうってことはないのですが、禁止の理由ってなに?。。。

ユニークなのは拝殿前のこれ。
2013.02.26.yanosawa6.JPG
ご芳名録に氏子さんたちが作ったであろう神社の紹介資料があり、
資料は持ち帰ることができるようになっていました。
2013.02.26.yanosawa7.JPG
一部を紹介すると、、、
「祭典といえば、華やかに花火を打ち上げたりするがここでは花火は禁止。・・・」
「寺社仏閣といえば、鐘や鈴を振り鳴らす習慣があるが、ここの神社では禁止。・・・」
「お賽銭は拒まないので必ずお参りの前に納める。
多ければ多いほど幸も多く授かるはずである。・・・」
“・・・はずである”という括りかたがいいっすね。
もしかしたら授からないかも・・・と続けたくなりますwww

あと、「平和を重んじる神様で争いごとを嫌う」とありました。
神様なんだから当たり前という感想もあるかもしれませんが、
基本的に日本神話に登場する神様って好戦的というか
揉め事を起こすのが得意(?)な神様が多いですからね。
そういう意味ではあえて断わりを入れるのも納得かなと。
そしてそれ故か、拝殿の棟には平和の使者=鳩がいました。
2013.02.26.yanosawa11.JPG

神殿。
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件の解説書によれば、江戸元禄年間の建築だとか。
覆屋に覆われていたので細部は分からず。
ご祭神は大山衹命。

摂社。
2013.02.26.yanosawa9.JPG
境内の片隅に鎮まる石仏。
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いちおう真新しい看板も立ってます。
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帰り際、改めて鳥居をくぐりました。
2013.02.26.yanosawa12.JPG
やっぱり、目の錯覚ではない。。。

(撮影日:2012年4月8日)


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穂高神社本殿、現存最古の払い下げ [狛犬・寺社(安曇野市)]

安曇野市堀金三田、小田多井の八幡神社。
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集落全体がのどかな田園風景のなかにあり、
八幡神社の社叢もどことなくほんわかした空気感があります。
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神社近くにあるコンクリート改修されていない、昔ながらの水路。
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懐かしい風景です。

拝殿。
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摂社と境内の道祖神。
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本殿は穂高神社の御遷宮祭における払い下げ神殿のひとつ。
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元禄2年(1689)の新築で、その60年後の遷宮祭を経て
寛延3年(1750)に当時の小田多井村が金子4両で譲り受け
同社の本殿として移築したということです。
穂高神社払い下げ本殿としては、現存最古になるそうです。

穂高神社の建築様式を伝えるものとして貴重なものですが、
残念ながら一般人の目にできるのはこの程度まで。

ご祭神は譽田分命、建御名方命、八坂刀売命。
八幡様ですが、やはり諏訪系の神社ということなのでしょうか。
村誌チェックもしておらず、現地に由緒書きがなかったので詳細不明です。

狛犬は拝殿前に岡崎現代型が一対。
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昭和36年11月建立。
「松本市宮渕 田近石材店刻」と、設置施工店の名前はありますが、
石工名はないですね。まだ大陸系の狛犬が出回る時代でもないですし、
普通に岡崎の石工さんが彫ったものと考えていいかなと推測します。

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彫りはシンプルですが、子持ち玉持ちではないのでスッキリしていいと思います。

(撮影日:2012年6月23日)


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小田多井の火の見櫓 [火の見櫓(安曇野市)]

安曇野市堀金三田、小田多井の火の見櫓。
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昨年6月に撮影したものですが、そのまま記事エントリーできておらず、
火の見櫓の性格上アップ時期を逃して載せるのは躊躇われたのですが、
今日近くまで出かけたついでに確認してきたら無事にまだ立っているので、
改めてエントリーした次第。
もっとも、安曇野エリアの火の見櫓はさほど撤去も目立つほど進んではおらず、
比較的安心して(?)取材後しばらく経ってもアップできるようです。

本題。

標準的3脚タワー。
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上部の絞りが少し甘いかなと。
頂部の避雷針&飾り羽根は悪くないですが、
見張り台や踊り場の手摺は単調。
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足元はやはりありがちな中途半端型アーチ。
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3脚タワーは見る方向によって立ち姿が変わって見えやすく、
バランスとるのが難しいそうですね。
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(撮影日:2012年6月23日)


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半鐘は不滅です [火の見櫓(岐阜県)]

高山シリーズ、もうひとつネタを忘れていました。

岐阜県高山市、八幡町の火の見櫓、、、ではなく
ごくふつうのまちなかに建つ消防団詰所。
2013.02.25.hanshou1.JPG
2階建てのまだ新しい建物の右隅、
シャッター出入口の脇に半鐘が吊り下げられています。
画像左側にあるのはホース干し塔ですね。
2013.02.25.hanshou2.JPG
以前、ここに建っていた火の見櫓のものでしょうか?

ヒアリングをしていないので事実は分かりませんが、
だとすれば、櫓はなくなっても半鐘だけはやはり、、、
ということになったのかもしれません。
2013.02.25.hanshou3.JPG
2013.02.25.hanshou4.JPG
あるいは町でも村でもよくみかける、
低層の梯子型などにある半鐘と同じ用途で
使われていたタイプのものかもしれません。

消防団詰所も高山市街地の建物として
当然ながら都市景観に配慮した外観にされてますね。
アルミサッシの露出を抑えた木製の格子や
シャッターの戸袋を羽目板で上手に覆っています。
ホース干し塔が普通の電柱柱同等なのは、、、まあ、仕方ないですかね。

ところで高山市では、秋葉様のお社を市内のあちこちで見かけます。
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神社の境内摂社として祀られているのは安曇野でも多いですが、
高山市も過去にはかなり大火などに苦しめられた歴史があるようで、
またそうした大火の際にも秋葉様だけは類焼を免れたこともあったらしく、
火伏せの神様として秋葉様が各町内で強い信仰を集めたのだそうです。

現代では観光イベントとして行われている「スタンプラリー」にも
秋葉様は協賛(?)していて、各所の秋葉様の祠脇にスタンプセットが
据え付けられています。
2013.02.25.hanshou7.jpg
火伏せ以外でも秋葉様はお忙しくなっているようですね。

(撮影日:2012年3月18日)


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秋の高山祭の元締め [狛犬・寺社(岐阜県)]

前回と今回のエントリーは飛騨高山。
もうかれこれ一年前の現地調査の記事なのですが、
パソコンのフォルダに画像を眠らせたままなのも落ち着かないので、
時間をみつけて狛犬も火の見櫓も少しずつ過去に調査したものを
アップして行こうと思います。
とくに火の見櫓は明日をも知れぬ境遇ですからね。
実際、ある調査を終えた火の見櫓がその後ひと月も経たぬうちに
解体撤去の憂き目にあったものもありますし。
遠出したとき撮影して記事にしていないものは
まだ残っているのかどうかの確認が取れないと、
気軽にアップするわけにも行かなくて。。。

前置きが長くなりました。
本題に入ります。

岐阜県高山市、桜町の桜山八幡宮。
2013.02.25.sakurayama19.JPG
秋の高山祭はこの八幡宮の例大祭として有名です。
ちなみに春の高山祭の同市内の日枝神社の例大祭ですね。

その高山祭で繰り出す屋台の常設展示をしていることでも有名で、
祭り当日でなくても屋台の見学は楽しむことができます。
年3回の入れ替えで計11台の屋台と1台の神輿を展示するのだそうで、
自分はこれまで4回以上はこの屋台会館に入っているはずなのですが、
そのたびどの屋台を観たか覚えていないので、
ひと通り目にしたのか同じものを見ているのか、さっぱり分かっておりません。
(同じ季節に行けば同じものを目にすることになるんでしょうかね?)
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ということで、ここは屋台があまりに有名な見学コースなので、
その他境内の画像はあまり撮っていません。

本殿へと続く石段。
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拝殿。
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末社の琴平神社。
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稲荷神社。
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狐さんは小ぶりな正統派のつくりです。
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狛犬は3対いますが、すべて鈴しょうわ。
正面の石段を上りきったところの鈴しょうわ。
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ちゃんと男のシンボルが付いています。
鈴しょうわはこれがそなわっているパターンが多い気がします。

秋葉社の長い石段の上り口にいる鈴しょうわ。
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昭和29年9月建立。

あと1対は表参道の境内入口あたりに鎮座。
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皇紀2600年(昭和15年/1940)建立。
彫刻:岡崎市 成瀬大吉。
岡崎の名石工として名を馳せた成瀬大吉氏の作品は
けっこう全国あちこちに建立されているようです。
相当な数を彫られたのでしょうね。

(撮影日:2012年3月18日)


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国登録有形文化財の木造火の見櫓 [火の見櫓(岐阜県)]

ほぼ一年前の取材・・・
岐阜県高山市、本町の山桜神社。
2013.02.24.yamazakura1.JPG
、、、という出だしでこのブログに記事を載せれば、
普通なら狛犬ネタになるところなのですが、
今回はさにあらず。

こちら、火の見櫓。
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高山市街地内に鎮まる神社の社殿に隣接する建物の上に建っています。
見たまんま木造です。今となっては貴重な存在で、
平成19年(2007)に国の登録有形文化財になっています。
2013.02.24.yamazakura2.JPG
歴史をひもとくと、そもそも山桜神社は山桜という江戸期に実在した馬を
ご祭神として祀っている神社です。
江戸初期の高山城主・金森頼直の愛馬として飼われていた折、
江戸で明暦の大火(振袖火事)に遭遇。
藩の江戸屋敷が炎に包まれるなか、山桜は江戸城の百間堀を飛び越えて
主君を助けたのだということです。

山桜はその功績で晩年は高山市街に厩舎をあてがわれ、
死後は火葬されて手厚く葬られたとのこと。
神社はその山桜を馬頭様として祀り、
火伏せの神様として高山の人に崇められ今日に至っているそうです。

火の見櫓は馬頭組という町の火消し組より
嘉永7年に建設願いが出されて建てられたものと伝わっています。
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当時は別の場所にあったそうで、明治5年の火災でいったんは焼失。
その後、新たに再建され、昭和7年に現参道付近に移転。
さらに昭和11年(1936)に社地拡大社殿改修の折に現在地へ移転、
現在に至っています。

高さ約7mで内部は三層構造。
写真では識別できませんが、望楼のガラス窓の内側には
明治11年(1878)の銘が入った半鐘が吊るされているそうで、
焼失後の再建もこの年代ではないかと推測されています。

まちなかに存在する木造の火の見櫓として
江戸時代の名残りを感じさせるものではあるのですが、
まちなか故に建物の密集地域で全体像が掴みづらく、
贅沢な話ですが火の見ヤグラーとしてはじれったさの残る櫓でもあります。
2013.02.24.yamazakura8.JPG
2013.02.24.yamazakura11.JPG
あ、ちなみに神社の狛犬はこちら。
いちおう紹介しておきます。
2013.02.24.yamazakura3.JPG2013.02.24.yamazakura4.JPG
岡崎現代型でした。。。

(撮影日:2012年3月18日)


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