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半鐘の音色の消えたマチが、またひとつ。。。 [火の見櫓(安曇野市)]

むか~しむかし、
安曇野市豊科の本村というところに、
一基の火の見櫓が立っていました。
2013.01.13.honmura1.JPG
火の見櫓の傍らには、それはそれは大きな道祖神があり、
またさらにその隣には、神代文字碑というたいへん珍しい石碑もあり、
地元の人たちによって大切に守られていたのでした。
2013.01.13.honmura4.JPG
2013.01.13.honmura5.JPG
2013.01.13.honmura6.JPG
こちらのエントリー記事もどうぞ。

でも、それにも負けないくらいに珍しかったのは、
火の見櫓の足元に一本の松の木があって、
幹が火の見櫓の足元からにょきっと伸びていたことでした。
2013.01.13.honmura3.JPG

火の見櫓を使うのにきっと邪魔になったに違いない松の木ですが、
それでも地元の人たちは横向きに伸びてきた幹が倒れないようにと
方杖を付けてあげたりして、その生育を大事に見守り続けてきたのでした。
そして火の見櫓もまた、まるでその松の木を我が子のように
大切に守り続けてきたのです。
地域の守りの要として、住民だけでなく一本の樹木をも
守り続けようとする意思が伝わってくるかのようでした。

ところが、、、
なんということでしょう!(←ビフォアアフター風に)
2014.04.06.1.JPG
ある日のこと、この火の見櫓が撤去されてしまったのです。
それは突然(でもないと思うけど)、人知れず(ということもない)、ひっそりと。

つい昨日のことでした。近所を車で走っていると、
家並みの向こう側に見えてくるはずの火の見櫓の屋根部分が見えてこない。
あれっ?と思う間もなく、“その場所”に到着すると、
ずっと見慣れた風景の素がそこにない・・・
あるはずのものが、なくなってしまっている・・・
2013.01.13.honmura1.JPG⇒⇒⇒ 2014.04.06.2.JPG
火の見櫓も、そして・・・その足元でちょこんと立っていた
松の木も。。。

まっさらになってしまった、火の見櫓が立っていた場所に呆然と立ち尽くし、
在りし日の姿を瞼の裏に思い浮かべながら、
ひと筋の涙が頬を伝っていくのが分かりました(←このへんはフィクションです。)

いま、同じ土地の片隅に、
防災無線やスピーカーを装備すると思しき鋼製柱が立っています。
2014.04.06.3.JPG
姿を消した火の見櫓に代わり、これからはこの一本の柱が
地域の守りの要となるようです。

ひとつの時代が、静かに幕を下ろしました。

おしまい。

(撮影日:2014年4月6日)
(在りし日の姿:2013年1月6日ほか)

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