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おらが“むら”の火の見櫓は銀座のあのお店が寄贈してくれたもの [火の見櫓(安曇野市)]

このエントリーは
まちづくり・・・安曇野暮らし」に過去アップされた記事の転載です。

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前回エントリーに続きまして市民タイムスより。

シリーズ読みきり連載「近代化遺産を歩く」、
今週の遺産“ワシントン靴店有明工場”。

銀座ワシントン靴店の創業者は穂高出身の東条たかし。
戦争による工場疎開で郷里の地に移転、操業再開。
戦後も引き続き工場生産を続け、最盛期には800人にものぼる従業員がいたらしく。
毎朝、多くの従業員が穂高駅から工場まで列をなして歩く様子については
いまでも地元の人たちの話のネタになっているほど。

工場は平成15年に操業を停止していますが、
工場跡はいまでも同地に残り、靴を生産していた建物などは
貸し倉庫などとして再利用されていて、夜も建物に明かりが灯っています。

………で、今日の話題はさにあらず。
同じくおらが“むら”=安曇野市穂高有明の橋爪区にある火の見櫓のことで。
これまた前回エントリーに続く話で恐縮ですが、ご多分にもれずウチの集落にも
火の見櫓がありまして、公民館や村の鎮守“北野神社”などが集まる中心地で
静かに佇んでいます。

2010.12.12.橋爪の火の見櫓1.JPG
(有明山を背景に建つ火の見櫓。)

各地に残る火の見櫓は基本的に住民の力を集めて建てられたものなわけですが、
ときに有力者や篤志家などによる資金援助なども垣間見られたそうで。

このウチの区の火の見櫓はワシントン靴の寄贈によるものらしく、
櫓に貼り付けられている銘板にそのことが記されています。
2010.12.12.橋爪の火の見櫓2.JPG
(クリックで拡大)

建設当時に地元と工場とでどういったやり取りがあったか・・・
(年長の方に尋ねれば分かる話とはいえ)新住民の自分に詳しい経緯は分かりませんが、
市民タイムスに取り上げられた近代遺産としての工場と並び、
おらが“むら”の近代遺産、安全遺産として生き残るこの火の見櫓が
これからも地区のシンボルとして生き永らえてくれることを願っています。

2010.12.12.橋爪の火の見櫓3.JPG

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(撮影日:2010年12月5日)

より大きな地図で 狛犬を巡る火の見ヤグラーな日々 を表示
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